電気代、防災、健康…気候危機は「お得」で伝える 元環境次官の提案

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聞き手・山内深紗子
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気候変動の話をしよう④ 元環境次官・小林光さん

 地球温暖化の主因である二酸化炭素(CO2)を減らすコミュニケーションは、「お得」かどうか――。

 環境政策の第一人者で、元環境事務次官の小林光さん(74)が気候危機について語る時、聴衆の行動変容につながるよう心がけてきたことだそうです。詳しく聞きました。

気候変動への危機感を共有し、多くの人たちのアクションにつなげていく。そのためのコミュニケーションのあり方について、様々な立場の方から、意見を聞くインタビューシリーズです。

 ――大変な暑さが続いています。でも、それが必ずしも気候変動への関心の高まりにはつながっていないように思えます。

 「ゆでガエルの現象」ですよ。カエルを水に入れてゆっくり温めると熱さに気づかないから飛び出さない。年々暑くはなっているものの、暑い年だったり、寒い年だったりといろいろですから、「長期的な変化」にはなかなか気づかない。

 日本人自体が、あまり長期的な視点を持たないことも影響しているかもしれない。江戸っ子でいえば、宵越しの金は持たないといきがる感じ。それから、意識が高いことをとらえて「ええかっこしい」と遠ざける向きもあります。「気候変動」と聞くと、なんだか偉そうに何か語られるのか、と感じる人もいるのでは。

エコハウス 自分たちでもできる対策

 ――小林さんは東京と長野の2拠点生活です。「エコハウス」に住んでいますね。

 自然が好きで20代のころから、いつかは自然の中で暮らしたいと思っていました。役所時代は、1997年に開かれた京都会議(COP3)で6種類の温室効果ガス総排出量を基準として、2008~12年の5年間に、先進国全体で1990年比約5%の削減を目指す国際約束を交わす仕事に深く関わりました。

 役所を辞めた直後に東日本大震災があり、原子力発電に過剰依存してきたことを深く反省しました。同時に、「いつか東京にも大地震が起きたら」と戦慄(せんりつ)が走った。

 こうした背景から、まず自分が家庭で再生エネルギーを使いこなして、CO2をどれくらい削減できるか、データもとりながら実験を始めました。親の代から住んでいた東京の家を建て替える時期と重なり、生活に必要なエネルギーを極力自給するエコハウスにしました。すると、CO2の量で測った環境への悪影響度合いは、建て替え前に比べ約35%減りました。その後、家電の買い替えや断熱性などのリノベーションを重ね、6割以上の減です。2021年末には長野県八ケ岳山麓(さんろく)に小さいけれど断然エコな平屋も建てました。半々で過ごし、実験を重ねています。

 政府は50年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにし、脱炭素を実現することを目指しています。「脱炭素」や「温暖化」と聞くと手も足もでないと考えがちですが、自分たちでもできるのです。

電気代高騰がチャンス

 動機付けは「お得」かどうか、です。

 ――どう「お得」なのでしょう。

 「CO2排出量や環境のことは忘れて結構ですよ」と。続けて、「電気代、防災、健康のことを考えたら、環境対策は元がとれて、とっても良いですよ」と伝える。

 このベクトルのメッセージが増えた方がいいと思います。

 例えば八ケ岳のエコハウス。太陽光発電パネル、断熱、蓄電池省エネ型の換気や空調システム設置の自己負担は、補助金などを差し引いて635万円ほど。冬の最低気温がマイナス10度を下回る寒冷地ですが、電気料金が高騰し続けた22年12月分でも4539円でした。屋根に設けた太陽光パネルによる再生可能エネルギーを蓄電池にためて自家消費しています。日中に充電しきれない電気は電力会社に売り、その分を差し引くと1547円。売電を開始した22年9月から23年4月でみると、8カ月間で4万円弱のプラス収支です。

 この電気代の削減分で試算すると、投資額を回収できるのは21年目。将来電気代がもっと上がりそうなことを無視しても元はとれますし、室温が快適な部屋で過ごせ、災害対策にもなり、安心も得られます。

 こうした対策は、新築でなくてもリノベでも可能です。

 なんといっても、健康対策です。断熱は本当におすすめです。二重窓にしてガラスを替える。できたら真空ガラスが一番いい。枠断熱も効果的です。アルミではなく、プラスチックや木製など。一度に、でなく少しずつ改修していってもいい。今は手厚い補助金も得られます。

 こういった選択肢を十分提示できれば、電気代が高騰している中で、環境対策のアクションには結びつけやすいと思います。

 ――投資額の回収に時間がかかる壁は、どう説明しますか?

 太陽光発電は、家庭に損をさせるものではなくなってきています。都内にある私のエコハウスを例にすると、110平方メートルの土地に1年間降り注ぐ太陽エネルギー(光と熱)は約59万メガジュール(MJ、熱量の単位)。4人家族が1年に使う電力とガスのエネルギーは2.6万MJ。この土地に降り注ぐ年間雨量は約190立方メートルに対し、家族で年間に使用する上水道の量は約185立方メートル。自然の力を使い切れば、十分まかなえる。

 人類80億人時代。自分に不利益も支障もないのに、「他の人に自分の分も含めて、環境保全努力を押しつける『自由』は、今や許されない」という思いです。屋根が狭すぎるとか、日当たりがないといった事情がある少数の住宅を除いては。

300円と千円のラーメンから考える

 ――マクロ経済の視点からも説明していますよね。

 はい。化石燃料は、地球を汚す値段は入れずに安く売っている。それと地球を汚さない再エネなどを同じ値段で売るのはおかしいですよね、と言っています。

 例えばラーメンとチャーシュー麺が同じ値段で売られている。それはおかしい。「良いものは高い」と。「良いものにお金をかけることが良いこと」だと、いつも言っています。

 それに対する反応として、「高くつけてしまうと、経済が回らないし、みなが損する」と言う人がいます。

 ラーメンは300円のもあれば、千円のもある。じゃあ、世の中のラーメンが千円になったら世の中は回らないのか?

 違います。GDPが上がり…

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この記事を書いた人
山内深紗子
デジタル企画報道部|言論サイトRe:Ron
専門・関心分野
子どもの貧困・虐待・がん・レジリエンス