いしわたり淳治のWORD HUNT
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歌における名詞の役割とは 「残念ラインのクーポン」の心地よい言語感覚

音楽バラエティー番組『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載ではいしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の5本。

 1 “残念ラインのクーポン”(7co『0.0000%』作詞:芦田菜名子)
 2 “瞬発力と火力の強いバラエティー” (佐久間宣行)
 3 “気恥ずかしさ”(永野)
 4 “ししとうだけで勝算ある”(かまいたち 山内健司)
 5 “初手から”(澪音)

個性的な名詞、ナチュラルに

歌における名詞の役割とは 「残念ラインのクーポン」の心地よい言語感覚

作詞において、具体的な名詞をどれだけ入れられるかというのは、非常に大切な要素である。名詞がある方が映像は圧倒的に具体化するので、多くの人に同じ映像を思い浮かべてもらえるメリットがあるからである。

例えば「雨の渋谷のスクランブル交差点〜」と歌われたら、ほとんどの人が似たような映像を想像するはずである。しかし、これを「まだ進めなくて ただ冷たくて 空を見上げてた〜」などと歌われると、聴き手が想像する映像や状況がバラバラになってしまう。

とはいえ、歌に名詞を入れるのはそれなりに覚悟がいることでもある。名詞というのはそれだけでインパクトがあるので、その言葉を出した以上、その歌詞の中で何らかの役割を担っていなければならないからである。それが個性的な名詞ならなおさらで、仮に「テフロン加工のフライパン」などと書こうものなら、「私は焦げつかない」だとか、「便利で安くて手入れが要らない」だとか、「でも2年くらいしかもたないの」だとか、何かしらの比喩になっていないと、勇気は裏目に出て奇妙な言葉が悪目立ちするだけになってしまう。

7coの『0.0000%』の名詞の使い方が素敵だった。「バ先の女とイチャイチャ」「コレサワの曲聴けよ馬鹿」「残念ラインのクーポン」「あっハナセレブあげるからさ」といった個性的な名詞が全体にナチュラルに盛り込まれていて、それらが主人公のキャラクターを説明する上で、とても効果的に機能している。

個人的には、2コーラス目で別れた彼氏に対して言い放つ「夜中2時すぎのバイブレーション 私だと思った? 馬鹿か阿呆か 残念ラインのクーポン」というフレーズが好きだ。自分の性格、別れた彼氏の性格、二人の今の関係性、それらのあるあるを混ぜながらさらりと説明する言語感覚が心地いい。

中島みゆきさんの名曲『糸』も、「縦の糸」「横の糸」「織りなす布」とテンポよく具体的な名詞が出てくるから、皆が同じ感動を受け取ることが出来るのである。皆さんもこれから音楽を聴くとき、誰がどこにどんな名詞を放り込んでいるか、探しながら聴いてみると新しい楽しさがあるかもしれません。

「配信」における戦い方

歌における名詞の役割とは 「残念ラインのクーポン」の心地よい言語感覚

3月9日放送のテレビ朝日『ひっかかりニーチェ』でのこと。TVプロデューサーの佐久間宣行さんが昨今のテレビについて、「どの時間に何の番組をやってるか、みんな知らなくないですか? 結果、追っかけで観ることになるから、ネットニュース先行になって、爪痕とか炎上とか傷痕とか残した番組のTVerの再生回数が上がる。だから、口喧嘩(げんか)に近いトーク番組が増えていく」 。

「僕も『ゴッドタン』を作ってて、ネタ系の企画とか、コント系の企画とかたくさんある中で、この数年は明確に口喧嘩している企画が再生数回っていて、他の企画と10万回ちょっと違ったりする。瞬発力と火力の強いバラエティーが求められてる」と話していた。

なるほど。私はテレビをなるべく観るようにしているけれど、リアルタイムの放送よりも明らかにTVerで観る機会の方が多くなっている。トーク番組が増えたのは何となく気づいていたけれど、そこで口喧嘩が増えていることは、言われて初めて気がついた。

もしかしたらそれは音楽も似ているところがあるのかもしれない。過激な歌詞を書かないと目立てないと思うあまり、作者の感情や体験を過剰に増幅させて世の中や誰かを攻撃している歌詞が、いつからか増えた気がするのである。でも、それもまた時代なのだろう。どのアーティストがいつどんな歌を出したかを知らない。だから、検索して聴くことになる。そうなると、ネットやSNSで話題にされやすいようにインパクト重視の爪痕や傷痕を残そうとする歌詞が増える。

映画や漫画もそうだろう。きっと、あらゆるエンターテインメントが日に日に過激なものが増えているように感じるのは、同じ原因を抱えているからなのかもしれない。

もしもこの先、テレビでさらに口喧嘩が増え、殺伐とした歌が増え、映画やドラマや漫画も過激なものが増えていったとしても、決して日本が暗いせいではなく、あくまでエンターテインメント業界の「配信」における戦い方の都合によるものなのだと、明るく接したいものである。

「勇気を称えているだけ」という感覚

歌における名詞の役割とは 「残念ラインのクーポン」の心地よい言語感覚

3月7日放送のフジテレビ『酒のツマミになる話』でのこと。ギャグやモノマネが苦手だという永野さんが「ギャグって、面白い人もいるけど、ほとんどが勇気を称(たた)えているだけなんです。そう思いません? トークは自分の延長線上だから、まだ自然に見ていられるんですけど、ギャグって(やる前に)グッと入りません?  モノマネもそうで、モノマネの人って、本当に なり切ったりするじゃないですか。よくやるなあって。その気恥ずかしさは分かるでしょ?」と話すと、千鳥の大悟さんが「フリのないものが出来ないんですよね。この言葉が来たら、これを返す、とかは出来るけど、フリがないのに急にドンとやれって言われても出来ない。問題がないから答えがない、みたいな」と苦笑いを返した。

私はギャグやモノマネをしたことはないけれど、それらが「勇気を称えているだけ」という感覚は分からないでもないなと思った。というのも、私は作詞を生業にしているけれど、子供の頃から文学に興味があったかというと全くそんなことはない。なので、人前で自作のポエムを発表するなんてことは、とてつもなく恥ずかしいことなのだと、心の奥ではちゃんとわきまえているつもりである。

昔、誰かに自作の歌をプレゼントされたことがある、あるいはプレゼントしたことがある、なんていうエピソードはいつの世も嘲笑の対象で、ジャンル的には「気持ち悪い話」や「怖い話」に属していると言っても過言ではない。そんな恥ずかしいことを、私は今もやっているのである。

そのため、心の中に抱えている不安が一つある。それは、将来自分の子供たちが思春期を迎えた時、父親の書くラブソングをどう思うのだろう、ということである。もし私が自分の父親が書いた愛のポエムを読んだらと想像すると、身体中の毛穴から汗が吹きだし、口から嗚咽(おえつ)をもよおしそうであるが。

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