各地の歴史と風土のなかで長く受け継がれてきた郷土芸能に光を当て、未来を担う若者たちやアーティストとともに地域の魅力を発信する「わっかフェス」(主催:三菱商事、朝日新聞社、特別協力:北陸朝日放送)。富山市で行われた舞台で、郷土芸能団体と横浜の大学生たちが、ゲストアーティスト「ゆず」とともにつないだ「わ」は、どこまで大きく広がったのか。温かな笑顔と歓声に包まれた当日の模様を紹介する。
vol.1 「心に吹く瞬間の美を求めて 『おわら風の盆』」の記事はこちら>>
vol.2「未来へつながる大きな『わ』を 刺激激与え合う事前交流会」の記事はこちら>>
郷土芸能を選んでくれてありがとう、と言いたい
「ひとことでいえば、『ありがとう』という気持ちですね。今は若い世代が興味を持ちそうなものが他にもたくさんあるなかで、郷土芸能を選んでくれたことが純粋にうれしいです。そういう人たちがいることで、次の世代にもつながっていくわけですから」
今年2月、射水(いみず)市で行われた「わっかフェス」出演の郷土芸能団体と横浜の大学生、ゆずの事前交流会。予想外に若い人たちの参加が多かったことに触れ、ゆずの北川悠仁さんはそんな感想を聞かせてくれた。
3月26日、富山市のオーバード・ホールで開催された今年の「わっかフェス」。すべてが終わった時に会場を包み込んでいたのも、あふれるほどの「ありがとう」だった。大人から伝統を受け継ぐ若者たちへ。若い世代からいつも見守ってくれる大人たちへ。客席からステージ上の演者へ。そしてゆずの2人から、この空間を分かち合ったすべての人へ。心の奥から自然に「ありがとう」が湧き上がってくることの喜びを、そこにいる誰もがかみ締めていた。

この日、トップバッターを務めた富山県立南砺平高校・郷土芸能部の生徒たちが披露したのは、五箇山民謡のうち、ゆったりとしたリズムのなかに踊り手の大きな動きが映える「こきりこ」と、アップテンポで切れのいい舞を見せる「麦屋節」。
緩急自在の踊り、情感のこもった歌と演奏。地元で伝統を受け継ぐ若者たちのレベルの高さに、誰もが夢中で拍手を送る。
大役を務めた郷土芸能部部長の河口湧飛(わくと)さんは、「自分たちにとっては小さな舞台も大きな舞台も同じなので普段通りにやろうと思っていましたが、これまで経験がないほどたくさんの拍手をもらえてうれしかったです」と安堵(あんど)の表情。副部長の織田芽依香さんも「いろんなアーティストさんのライブに行って、いつも客席から見ているステージの側に自分がいるのが不思議な気がしました。そうか、アーティストさん目線ってこんな感じなのかって」と笑顔を見せた。

続いてステージには、編み笠を目深にかぶった男女が静かに姿を見せる。富山市八尾(やつお)町に風の季節の訪れを告げる「おわら風の盆」は、哀調を帯びた演奏と優美な踊りで名高い人気の芸能だ。この日の舞台には、県民謡越中八尾おわら保存会のみなさんに加え、横浜国立大学の「民謡研究会合唱団(みんけん)」のメンバー12人もおわら節の踊り手として参加した。

昨年末に八尾町を訪れ指導を受けて以来、大学でも熱心に練習を続けてきたというみんけん代表の藤原彩乃さんは、「練習を重ねるうちに少しずつできるようになってきたという感覚はあって、もちろん今日も完璧ではないんですけど、これまでで一番うまく踊れたと思います。八尾のみなさんと舞台で気持ちをひとつに合わせられたことがうれしいです」と晴れやかな表情を見せた。
彼女たちの指導に当たったのは、主に保存会の若手メンバー。清水優作さんは「技術的に上達しただけじゃなく、心の面でも八尾の文化を少しでも理解しようとしてくれて、こちらも大いに刺激を受けました。その気持ちに応えられるように教えたいし自分たちも踊らなきゃいけないと、改めて家で練習しました」。そして、保存会メンバーの山田千紗都さんも「会うたびに上達していて、言葉で聞かなくても各自がしっかり練習してくれたことがわかりました。本当にみんな熱意がすごくて。私自身もそういう気持ちを忘れずにいようと思いました」と学生たちの努力をたたえた。

住む場所は遠く離れていても、世代の近い若者たちが心をひとつに合わせて踊る姿に目を細めていたのは保存会の城岸司さん。実は、学生たちの指導を地元の若手に任せたのは、これから八尾の伝統を担う主役となる世代に刺激を与えたいという意図もあったという。「見事に狙い通りになりました(笑)。指導にあたったメンバーは、学生さんたちと良い関係が築けたのではないかと思います。みんけんのみなさんには、これだけ真剣におわらを練習したことを忘れずに、いつか『おわら風の盆』の八尾を訪れてくれたらと願っています」
応援の気持ちを乗せて響いた温かな拍手
軽やかな太鼓と笛の音に合わせて、縦横無尽に舞う獅子と天狗(てんぐ)の戦いが始まった。射水市「新湊・二の丸町獅子方若連中」の獅子舞は、漁師町の芸能らしい威勢の良さと明るさで場内を熱気に包んでいく。「キリコ」と呼ばれる子どもたちも含めて、舞台を埋めた総勢40人ほどのメンバーが若い人たちばかりだったことも、郷土芸能としては珍しい光景といえる。

新湊・二の丸町獅子方若連中の五十嵐友輔さんは、「普段は家々をまわりながら披露する芸能なので、舞台の上でどう見えるか自分たちでもわからず不安でしたが、拍手を聞いてやって良かったなと思いました。ゆずさんとの共演ですか? 意外にこういう音楽にも合うんだなと(笑)。新たな発見でした」と手応えを語る。久々湊(くぐみなと)諒さんは「新湊の祭りをみなさんに知ってもらえて良かったです。これを機に自分も獅子舞をやってみたいという人がどんどん来てくれたらうれしいですね。地元の人でなくても、うちは誰でもウェルカムなので」と、今後に期待を寄せた。

新湊の若者たちがステージを降りると、にぎやかだった場内の空気は一転。夜叉(やしゃ)の面をつけた男性がうなりを上げて太鼓に渾身(こんしん)の一打を打ち込むと、客席で見ていた子どもが泣き出す。石川県輪島市に伝わる御陣乗(ごじんじょ)太鼓の演奏が始まった。かつて上杉謙信の軍勢が間近に迫ったとき、村人たちが異形の面をつけ太鼓を激しく打ち鳴らして追い払った故事にちなむといわれる芸能は、子どもでなくとも圧倒される異様な迫力に満ちている。

昨年元日の地震とその後の水害による傷痕が残る地元では、以来一度も公演ができていないと語るのは、御陣乗太鼓保存会の槌谷博之さん。「苦しい状況ですが、今日みなさんに御陣乗太鼓を温かい目で見ていただいたことで、もっと頑張って伝統を継続していきたいと思いました」。同じく保存会の大宮正勝さんは演奏後の大きな拍手について「能登をものすごく応援してくれている感じがしました。本当に気持ちのこもった温かい拍手に聞こえました」と語った。

歌い、踊り、演奏する、その原点にあるもの

ステージの後半には、いよいよゆずが登場。人気の高い「虹」から始まり、「少年」では、みんけんの学生もステージに上がり、観客と「YUZU」「TOYAMA」のコール&レスポンス。
「タッタ」では、ステージ上におわら保存会のメンバーとみんけんの学生たちが並び、ゆずの後ろでダンサーを務める。先ほど見せたおわらの流麗な所作とは異なり、若者らしいはつらつとした姿が印象的だ。さらに続く「夏色」では新湊の獅子舞が躍動し、キリコが縁起物の餅を客席に向かってまく。場内の盛り上がりは最高潮に達した。
最後は彼らの代表曲のひとつ「栄光の架橋」。ステージにはこの日出演したすべての人が上がり、客席に向けて手を振った。

「みなさんそれぞれジャンルは違いますが、ボーダーってないんだなというのが感じたことです。祭りだから踊る。楽しいから歌う、演奏する。そんな原点を感じました」
終演後、ゆずの岩沢厚治さんはそう語った。2月の事前交流会でも各団体の芸能を一つひとつ興味深そうに見ていた岩沢さんは、このフェスを最も楽しんだ一人だろう。
「わっかというのは縦や横じゃなくて、水面の波紋のように広がっていく。そんな力を感じるんです。僕らが今日感じたものが波紋のように広がって、それを受け取った人の心に届いて、また波紋が広がっていく。そうやって、郷土芸能の魅力が広がることを望んでいます」(ゆず・北川さん)
祭りの熱狂のあとに残る、静かで確かな波紋。それがまだまだ広がっていくことを予感させて、3年目の「わっかフェス」は幕を閉じた。

わっかフェス

今回ご紹介した富山と石川の四つの郷土芸能団体と、アーティストのゆず、横浜国立大学・民謡研究会合唱団も参加し、地域を盛り上げるイベント「わっかフェス」。
富山では初開催。北陸の郷土芸能が空間を彩るステージを、ぜひご覧ください。
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