第18回「朝日杯将棋オープン戦」が今年1~2月、名古屋と東京で開かれ、大いに盛り上がりました。主催した日本将棋連盟と、特別協賛の三井住友トラストグループが2024年にともに100周年を迎えたことから、今回、同連盟の羽生善治会長と三井住友トラストグループ株式会社の高倉透取締役執行役社長との対談が実現。将棋への思いや次の100年のビジョン・共創など、たっぷり語り合っていただきました。
「早指し」が特徴の朝日杯 今年は波乱含みの展開に
――今回の朝日杯将棋オープン戦、お二人はどのようにご覧になりましたか?
高倉 今回の朝日杯は番狂わせというか、私にとっては予想外の展開でした。藤井聡太竜王・名人も、前回優勝した永瀬拓矢九段も準決勝を前に負けてしまって、この二人に勝った服部慎一郎六段、佐々木勇気八段が決勝に進むのかと思いきや、近藤誠也八段が優勝されました。
羽生 朝日杯は持ち時間が40分と非常に短く、最後は一手一分で指していく「早指し」が特徴の棋戦です。一手ですぐに結果が変わってしまうのもあって、その点において今回はかなり波乱含みでした。毎回ほぼベスト4まで勝ち上がっていた藤井竜王・名人を始め、実績のある棋士が早めに姿を消したという意味では珍しいケースではありましたね。近藤八段は初めての棋戦優勝となりましたが、今回の朝日杯は結果として、若さの強さ、瞬発力がかなり出た印象を持ちました。
高倉 若い方が活躍するのは、長い目で見ても良いことなのでしょうね。
羽生 将棋の世界は一年に4人ずつ新人が出てくるので、段階を踏んでというところではありますが、持ち時間が短い棋戦は特に結果を出しやすい傾向があると思います。朝日杯は準決勝、決勝と続けて対局しますが、一日に2局というのは他の棋戦ではあまりありません。対局の間が短い分、うまく切り替えて次に集中できるかもカギになります。公開対局はたくさんの人に見られる場なので、それをいい方向に集中する力に変えていくことも大事ですね。
高倉 三井住友トラストグループは2023年度から特別協賛しています。私たちのお客さまも将棋に関心のある方が多くて、ご相談中に将棋のお話が出てくることがよくあります。お客さまの関心事と合致することも、特別協賛を決めたきっかけの一つでした。
羽生 私たち棋士は、普段は静かな部屋で対局しているわけですけれども、朝日杯は公開対局なので、ファンのみなさんの息遣いや反応をリアルタイムで感じることができて、大きな励みになっています。ぜひ会場で対局の迫力や雰囲気を感じていただけたらと思います。

金融と将棋 100年の歩み
――日本将棋連盟と三井住友トラストグループは、同じ2024年に100周年を迎えました。
羽生 将棋が今のルールになって400年ぐらい経ちますが、江戸時代は茶道や華道と同じように家元制度で、世襲で代々継いできました。明治維新で幕府の庇護(ひご)がなくなり、棋士が複数の団体に分裂していた時代を経て、100年前に日本将棋連盟に一本化されて今日に至ります。そのころはまだ棋士の数も少なく、対局だけで生活していくのはなかなか大変だったようです。
高倉 私たちが日本初の信託会社として誕生したのも、100年前の1924年です。当時は電力や鉄道などのインフラに大規模な投資が必要で、個人投資家の方から預かったお金をインフラ整備に提供するのが主な役割でした。
羽生 今は「人生100年時代」とも言われますが、個人投資家の方の考え方も変わってきているのでしょうか。
高倉 70歳ぐらいで相続について考え始める方が多いのですが、以前は財産をご家族にどう分けるかが主な相談内容でした。しかし今は、「あと20年生きるとして、どのように運用すればお金が目減りしないか」、「遺産の半分は寄付をしたい。生きているうちに寄付を始めて、どのように社会に役立ったかも実感したい」など、個人投資家の方もいろいろな思いを持っておられます。その思いが将来に花開くよう、次世代やその次の世代のことまで一緒に考えるのが私たちの仕事です。
羽生 長期的な視点が必要な仕事ですね。その点は将棋とも共通しています。目の前の勝負ももちろん大事ですが、棋士として続けていくには長期的にどんなやり方がいいのか、どういう進め方が王道なのかを常に考えています。100年はないですけど棋士の生活も40年、50年と結構長いものなので、瞬間的に一喜一憂しないのが大事かな、と思います。
高倉 羽生さんが日本将棋連盟100周年を記念して揮毫(きごう)された「百古不磨」には、どのような思いが込められているのでしょうか。
羽生 100周年なので百と一を入れて、ということではあるのですが、将棋連盟は100年でも、将棋の歴史自体は400年の積み重ねがあるので、過去のものを大切にしながらも新たなものを取り入れて、組織として磨き続けて前に進んでいきたいという思いを込めました。将棋界を取り巻く環境はどんどん変わっていますから、時代の変化、ニーズにもしっかり応えていきたいと思っています。

AIがある時代だからこそ、人間は人間らしい良い仕事ができるようになる
――いま、さまざまな場面でAIが浸透してきています。
高倉 私たちの仕事でもAIがどんどん進化していくのを実感していますが、棋士の方々はかなり早い段階からAIを採り入れて切磋琢磨しておられますよね。
羽生 これはたぶんAIの特徴で、ボードゲームの世界では研究が進みやすいのだと思います。今、棋士は選択の余地がないぐらい、AIを取り入れないといけない環境になっています。AIを使って研究するのが当たり前の中で、どこを人間がやって、どこをAIがやればいいのか。どういう関わり方が良いのか、まだ明確な答えは出ていません。
高倉 私たちも、例えば支店の窓口業務の実演研修は先輩社員が指導に当たっているのですが、これをAIでできないか模索しているところです。うまく活用できればさらに効率化できるのではないかと感じています。
羽生 マニュアル化できるものや、セオリーで解決できるものはAIに置き換えられますが、新しいものを生み出すとか、予定外、想定外のものへの対応は人間が変わらずやっていくのではないかな、とは思っています。
将棋ですと、AIで分析して事前に準備できても、結局のところ必ず未知な場面が出てくるので、そこで対応できないとどうにもならないところがあります。最終的には人間がどんな対応、判断、決断ができるのかが問われているのだと思います。
高倉 AIがある時代だからさまざまな局面で人間らしい、良い仕事ができるようになるのでしょうね。私たちの事業でも、お客さまの人生やマーケットなど、未知な部分が多いですから。

奥深い将棋の魅力を次世代につなぐ
――伝統文化としての将棋には、多くの学びがありそうです。
高倉 私が生まれ育った大阪では、夏の夕方になるとおじいさんたちが道端で将棋を指していて、子どもたちはそれを見て将棋を覚えたものでした。
羽生 みんなで集まってワイワイ話しながら指す「縁台将棋」も将棋の原点です。リアルでもオンラインでも、集まって指せる場はこれからも大切にしたいと思っています。
高倉 先行き不透明な今の時代にこそ、子どもたちが将棋から学べることは多いのかも知れません。相手の出方が分からない中で勝つための手を打って、負けないためのリスク管理を論理的に考えながらやるのは私たちのビジネスと全く同じですから、将棋の経験は社会に出てからも生きるように感じます。
羽生 将棋は、因果の関係が結果にはっきり出やすいんです。良い手を指したら上手くいくし、悪い手を指したらすぐに形勢が悪くなる。フィードバックをして、反省して、前に進んでいくというプロセスは将棋以外でも応用できると思います。
高倉 しかも、集中力も磨けますよね。焦らず、ある程度リラックスして臨まないとうまくいかないでしょうし。生きていく上でのさまざまなヒントが将棋から得られそうです。
羽生 対局後に相手と反省会のようなものを行う「感想戦」は将棋の世界独特の習慣ですが、対話を通して失敗を受け止めて次につなげていく姿勢が大切です。
高倉 人生において、自分の好きなことに時間を使える状態であることは非常に重要です。お金についてあまりにも心配事が多いと、もっと稼がなくてはと不安に駆られ、他のことに意識が向かなくなってしまいます。そういったことがないようにと、私たちは中学生・高校生には「ファイナンシャル ウェルビーイング」※ の授業を、会社員の方には確定拠出年金の運用についてのプログラムを行うなど、幅広い世代に向けた金融教育に取り組んでいます。将棋も私たちの事業も、思いを伝えたいお客さまが重なるので、何かご一緒できる機会を作っていきたいですね。
※ 安心して健やかに生きていけるように、お金についての不安をとりのぞき「お金との健全な向き合い方ができている状態」を目指す活動
羽生 ぜひよろしくお願いします。

地域とのつながりを大切にしながら、さらなる挑戦を
――どちらも地域との関わりを重要視されています。
高倉 100年の節目に関東、関西の将棋会館を移転されたとのことですが、実は関西将棋会館の移転先である高槻市は20年前に私が初めて支店長を務めた街で、個人的に本協賛がより縁深くなったと感じています。
関西将棋会館を応援するため、高槻支店では対局で使われた扇子などを棋士の方からお借りしてロビー展もさせていただきました。
羽生 高槻市は、森の大切さを伝える「木育」と絡めて高槻産の木材で製作した将棋駒を小学生に配布するなど、街をあげて将棋を盛り上げてくださっていて、市と将棋連盟で協力しながら長い期間やっていこうという機運が非常に高まっているところです。
一方、東京の将棋会館は近い場所での移転となったので、半世紀くらいの付き合いになる千駄ヶ谷のみなさんとの関係がこれからも紡がれていくことを非常にうれしく思っています。スポーツと文化が集積している場所なので、街全体で活性化していけたらいいですね。
実は年に一度、将棋を通じたまちづくりに取り組む自治体が一堂に会する「将棋サミット」というものを10年ほど前から開催しています。こういった、地域に貢献できる活動も今後広げていくつもりです。
高倉 私たちも、100周年を機に支店のある街の歴史が感じられるポスター「このまちの100年」を制作して各支店でロビー展を行ったのですが、地域のみなさんと社員で思いを共有できる良い機会となりました。
地域が衰退すれば、私たちの仕事も続きません。その土地で暮らすみなさんとしっかりやっていこうということで、例えば地方創生からもう一歩踏み込んで、大学の「シーズ」※ や地元のスタートアップ企業とその地域の投資家の方を結びつけて、地元に投資が続いていくような取り組みを各地で行なっています。
※ ビジネスにつながる可能性のある研究
羽生 私もイベントで全国各地の大学に行きますが、地元に仕事があれば残りたいという方は多いですよね。いろんな世代の人がいるとその地域や街は元気になりますから、地域活性化においては仕事が核となる大事な要素なんだと感じます。
高倉 日本は脱炭素に向けて新しいエネルギー源作りに取り組んでいますが、それがうまくいけば、その地域に産業や人が集まってまた新たな時代のスタートが切れるはずで、実際そうなってきている地域もすでにあります。
羽生 日本は自然資源豊富な国なので、うまくいろんなところの調整ができると良い形で前に進んでいけるポテンシャルも高いのではないでしょうか。
高倉 私たちは岡山県の西粟倉村で「森林信託」を2020年にスタートいたしました。脱炭素の取り組みにおいて、二酸化炭素を吸収する森林は重要です。森林が持つ保水力が災害対策にもなります。ところが所有者が近くにおらず放置されてしまったり、相続が漏れてしまい所有者がわからなくなる森林が増えています。そこで、信託銀行が森林を財産として預かって管理するビジネスを始めたわけです。今はドローンで管理したり、人工衛星から境界を見張ったりと、技術的に様々なことができます。私たちとしても末来に向けて色々なチャレンジをしているところです。

同じ空気を吸い 共にチャレンジする100年へ
羽生 将棋の世界にも保守的な側面はあるのですが、これから先、例えば50年、100年と将棋というものが残り続けていくためには、将棋連盟としても努力の必要があります。
情報発信の部分など、まだまだ足りていないところがあるので、将棋を知らない人、まだ興味がない人に対してのアプローチにも力を入れていきたいですね。長い目で見て将棋を広げつつ、社会に貢献するという形を目指しています。
高倉 何事も、支持する人が増えていかなければ長く続いていきません。いろんな形でのファン作りができるよう、私たちもお役に立てればと思っています。
今回お話をしたことで、将棋と私たちのビジネスには共通の面があると感じました。100年間同じ空気を吸ってきた日本将棋連盟と三井住友トラストグループは、これからの100年も同じ空気を吸いながら共にチャレンジしていきたいものですね。
羽生 今後とも末永くよろしくお願いします。

羽生善治
はぶ・よしはる 1970年生まれ、埼玉県出身。25歳で当時の七大タイトルを史上初めて完全制覇。2017年、国民栄誉賞を受賞。18年に紫綬褒章を受章。2023年から現職。

高倉透
たかくら・とおる 1962年生まれ、大阪府出身。1984年、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)入社。高槻支店長、人事部長などを経て2017年取締役執行役専務。2021年から現職。