■特集:大学の人気ゼミ・研究室
日本は世界有数の「トンネル大国」です。トンネルは人や車、鉄道だけでなく、水や電力なども運ぶための重要なインフラ構造物です。東京都立大学都市環境学部都市基盤環境学科では、安全で豊かな社会基盤を創造するための工学を学びます。学部4年次からはゼミに所属して専門的な研究をし、半数以上が大学院にまで進みます。その中でも人気がある「トンネル研究」のゼミでは、どんな学びをしているのでしょうか。
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■研究室データ■
東京都立大学 都市環境学部都市基盤環境学科
砂金(いさご)ゼミナール
研究分野:トンネル工学
ゼミ生:15人(男11人:女4人) (2024年4月時点)
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実用化が目前の研究も
都市基盤環境学科には、土木や環境工学を学ぶための3つのコース「社会基盤分野」「環境システム分野」「安全防災分野」があります。大学院都市環境科学研究科の博士前期課程1年に進んだ山田芽生(めぐみ)さんは、安全防災分野のトンネル工学が専門の砂金(いさご)伸治教授の下で研究を続けています。主な研究テーマは、山岳トンネルです。
「祖父も父も土木関係の仕事をしていました。大学受験を考えていたとき、家にあった父の土木学会誌をふと読んでみたら、土木業界は『人生より長く続くもののために、人生を費やすような仕事』というようなことが書いてありました。その言葉に感銘を受けて、私も土木を学ぼうと東京都立大学に進みました」(山田さん)

大学選びではあまり迷わなかったものの、ゼミ選びでは少し悩みました。
「3年次まで座学の授業を受けてきて、いきなり研究室を決めるように言われてもピンときませんでした。ただ、トンネル工学の授業で聞いた『トンネルは掘ってみないとわからない』という言葉が印象に残っていました。そして何より、いつも笑顔で、どんな質問にも答えてくださる砂金先生のお人柄に共感していました。ですからトンネル工学に興味があったとともに、砂金先生のお人柄に惹かれてゼミを決めました」
ゼミでは、これまでの研究論文などを読んだうえで各自がテーマを決定し、模型を使った実験を繰り返しながら結論を導き出していきます。
「トンネルといえば半円形のイメージがあると思いますが、一番強固なのは、土や岩の重みがバランスよくかかる真円のトンネルです。半円の場合は底に土や岩の圧力がかかるため、路面が押し上げられて隆起することがあります。これを『盤ぶくれ』といい、盤ぶくれを防ぐためにトンネルの下側に逆アーチ状の『インバート』を造って補強します」
山田さんが主に研究しているのが、トンネルを見えないところで強固に支えている、このインバートという構造です。
「インバートを少しだけ丸い逆アーチ状にしたら強度はどうなるのか? 平たく厚くしたらどうなるか? こうしたことを解明するため、水と砂と接着剤を混ぜて100分の1サイズ(直径10㎝ほど)のトンネル模型を作ります。この模型に力を加える実験を繰り返しては、解析ソフトを使ってひび割れの影響を調べていきます」
先輩から受け継がれてきた研究から山田さんが実験で導き出した形状のインバートは、共同研究を行うNEXCO東日本からも注目されています。すでに現場の専門家が図面を引くなど、実用可能かどうかの具体的な検討に入っているそうです。

人のつながりの大切さ
山田さんは、砂金教授から学んだこととして、「物事が人のつながりで動いていること」を挙げます。これには3つの意味があります。
1つ目は、教授や学生同士のつながりで研究が進むことです。例えば、学生が困ったときには、砂金教授が丁寧に相談に乗ります。
「先生は全国の現場を飛び回って多忙を極めているときでさえも、学生が連絡すればしっかり助言してくれます。こまめなやりとりや『報連相(ほうれんそう/報告、連絡、相談)』の大切さにも気づきました」
また、トンネル工学といっても、ゼミには山田さんのように山岳トンネルのインバートを扱う人もいれば、補助工法、耐震、防水、そしてシールドトンネルなどに関して研究する人もいます。異なるテーマの研究発表を聞くことはお互いに刺激になり、そこから新たなアイデアが浮かぶこともあります。
2つ目は、トンネルは現場にいるたくさんの人のつながりで造られることです。数多くの人や企業が関わって作業が進められるため、密なコミュニケーションが欠かせません。学会でほかの研究者と出会うことも、山田さんにとって大きな学びになっています。
3つ目は、そうした現場とのつながりによって、研究や進路についての視野が広がることです。
「研究は一人で考える時間が多いものですが、このゼミでは施工中の現場に行く機会が多く、実際に働いているさまざまな人たちと接する機会に恵まれています。現場に行くことで、現場で働くということを肌で感じられたり、構造物ができあがっていく流れがわかったりして、自分の視野が広がりました。そしてトンネルのことが一層好きになるとともに、将来についても多様な選択肢があることを知りました」

豊かな都市づくりに関わりたい
将来については、次のように話します。
「メーカーに入るのか、研究職に就くのか、設計をするのか、維持管理に特化するのかなど、まだまだ決めきれません。でも土木従事者として、たくさんの人が安心して暮らせる豊かな都市をつくっていきたいと考えています」
これから将来を考える高校生に伝えたいことを尋ねると、「なるようになる」と言います。これも、山田さんが研究から得た実感に基づく言葉です。それぞれの現場で土地の特性が異なるトンネルの場合は、掘ってみないとわからないことが多く、施工中にも臨機応変な対応を求められるからです。周りの地盤など、もともとの自然の成り立ちによって、一つ一つのトンネルが違うところに面白さを感じています。
「以前の私は、どうしたらいいかわからないことにぶつかると、悩んだ揚げ句に挑戦をやめてしまうことが多かったのですが、先生や先輩の背中を見てきて、悩んでも放り出すわけにはいかないし、挑戦してみたほうが世界は広がると思うようになりました。今も、常に思考力を問われる環境にいます。『なるようになる』というメッセージは、私自身がそう考えたいと心がけていることでもあります」。その場で起きた出来事の状況に応じて考える。そんな強さを身につけました。
砂金伸治教授からのメッセージ
「人に伝える力」をつける
学生には、まずは楽しく取り組んでほしいと考えています。ただし、自由に伴う責任を理解すること、それから「人に伝える力」をつけてもらうことも大切にしています。
今はインターネットやスマートフォンのおかげで、情報が簡単に手に入ります。しかし、その情報から得た知識は本当に自分のものになっているでしょうか? かみ砕いて整理できていますか、わからなかったことも言語化して説明できますか。こうした練習のためにも、ゼミでは各自のプレゼンを主体に進めています。また、スマホの小さな画面ではトンネルの規模感も伝わらないので、実際に現場を見る機会を多く取るようにしています。
これまでの卒業生の約3分の2は、トンネルとは直接関係のない仕事に就いています。トンネルは経験工学ともいわれるほど、取り扱う範囲が広いことから、その学びを通じてインフラに関する幅広い知識を持つ人を育てることも、インフラ維持の一環といえると考えています。
大学を選ぶときには、どのような就職ができるかだけではなく、学生時代にどのような経験を積めるかを基準にしてみてもいいと思います。私のゼミの場合ではトンネルの施工中の現場が見られるのも貴重な経験です。ゼミはいわば会社にも似た小さな組織です。4年次は新入社員のような、大学院に進学した場合には博士前期課程1年は上下をつなぐ中堅のような、博士前期課程2年は研究テーマの管理職のような立場として、それぞれの振る舞いを学ぶことは、どんな仕事に就いても役に立つでしょう。
私のゼミや本学科から巣立つ人には、この国のインフラをつくり、守ることができる人、なおかつどこの業界・分野に行っても通用する人になってほしいと思っています。
砂金伸治(いさご・のぶはる)教授/東北大学大学院工学研究科(土木工学専攻)博士前期課程修了。博士(工学)。内閣府防災担当参事官補佐、国立研究開発法人土木研究所研究員などを経て、2018年、首都大学東京(現・東京都立大学)教授。専門はトンネル工学、地下空間工学、岩盤力学。
(文=鈴木絢子、写真=東京都立大学提供)

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