【大学トレンド】いまどきの「獣医学部」の学び 動物実験を減らす「VR実習」、「病院」以外にも就職

2024/05/05

現役大学生による 学部・学科紹介

獣医学部は、獣医師になるために専門的な知識や実技を6年間かけて学び、獣医師免許の取得を目指します。現在、国公立大学11校、私立大学6校に設置されています。動物実験を減らすために最新の取り組みをしている大学もあります。獣医学部の学生はどのように学び、どのような生活を送っているのでしょうか。(写真=麻布大学提供)

人以外のすべての生き物を診るのが獣医師

麻布大学は、1890(明治23)年開設の東京獣医講習所が前身で、130年以上前から獣医学教育を実践してきました。神奈川県相模原市のキャンパス敷地内には、牛や馬などがいる実習施設や小動物がメインの附属動物病院があります。獣医学部獣医学科6年の大賀光将さんは、同大学附属高校の出身です。中学生のときに獣医師になると決めてから、その目標が揺らぐことはありませんでした。

「獣医学部は、犬猫の獣医師を目指して入学してくる学生が多いのですが、僕が目指していたのは牛の獣医師です。祖父が北海道で牧場を経営していて、子どものころから夏休みや冬休みになると、牧場の手伝いをしていました。獣医師が牛の診察に来てくれることもあって、こんなふうに動物と関わることもできるのだなと思っていました。その姿が印象的で、獣医師を目指すようになりました」

麻布大学獣医学部獣医学科6年の大賀光将さん(写真=麻布大学提供)

大賀さんは、附属高校からの内部選抜枠を利用して麻布大学に合格しました。もともと同大学への進学を目指して附属高校に入ったわけではありませんが、他大学のオープンキャンパスにも参加するなかで、首都圏にありながら、産業動物臨床教育センター(LAVEC)などの実習施設が充実していて、キャンパス内の施設で獣医学のすべてを学べる同大学に魅力を感じました。

「産業動物臨床教育センター(LAVEC)」では、牛のX線撮影なども実習する(写真=麻布大学提供)

獣医学科では、基礎獣医学(生理学、解剖学など)、病態獣医学(免疫学、病理学など)、生産獣医学(産業動物の臨床)、臨床獣医学(小動物の臨床)、環境獣医学(公衆衛生学、疫学など)、の5領域を学びます。大賀さんが入学してまず感じたのは、学ぶジャンルが多岐にわたっていることでした。

「獣医師というと、犬猫などの小動物系や、牛、馬、豚などの大動物系に関する医学を学ぶイメージを持っていましたが、水産動物やミツバチについても学ぶ授業があったのは驚きでした。ある先生から人以外のすべての生き物を診るのが獣医師』と聞いて、納得しました。また食中毒や環境 についても学ぶ授業があり、獣医学が人間の健康や安全に関わっていることを知ったのも意外でした」

VR実習で、動物実験を減らす

2年次から動物の臓器や組織などを観察する解剖学の実習が始まり、学年が上がると検査や治療、手術など、実技の経験を積んでいきます。2020年からは獣医学系大学では初めて、VR(仮想現実)を活用した実習を導入しています。動物を使った実習を繰り返す必要がなくなるため、動物個体の負担を軽減することができます。また、同時に多数の学生が3D動画を視聴できる教育面でのメリットもあります。大賀さんもVRによる実習を経験しました。

「例えば麻酔薬の量が多すぎたり、少なすぎたりしても、やり直しができるので適切な量になるまで繰り返すことができます。動物を使った実習ではあり得ないことですし、動物実験を減らそうという考えは、動物倫理に配慮した、いい取り組みだと思います」

VRを利用した実習(写真=麻布大学提供)

5年次からは、附属動物病院での臨床実習がスタートします。約3週間かけて内科、外科、眼科など各診療科を回り、獣医師の処置を間近で見学するほか、場合によっては手伝うこともあります。

「飼い主さんと初めて接して、ペットのつらい現場に立ち会うこともありました。『医療面接』という授業の中では、飼い主さんとのコミュニケーションについて学んできました。でも、獣医師が飼い主さんに寄り添ったり、励ましたりしている姿を実際に見て、現場で実習することの大事さを感じました」

同大学には40の研究室があり、大賀さんは3年次から獣医衛生学の研究室に所属しています。家畜の健康や生産性の向上について研究し、現在は卒論に向けた研究に取り組んでいます。

附属動物病院での実習。右から2人目が大賀さん(写真=麻布大学提供)

大賀さんは、オープンキャンパスの学生スタッフ、学祭実行委員としても活動しています。研究や実習で忙しいなかで、こうした活動に積極的に参加するのは、「少しでも大学の力になりたい」という思いが強いからです。日本獣医学生協会(JAVS)にも所属し、他大学の獣医学生とイベントやボランティア活動を通して交流しています。

牛の獣医師になるという目標は変わっておらず、勉強はこれからが大変になりそうです。6年次になると就職活動がスタートし、卒業試験に合格すると翌年2月に獣医師国家試験が待ち構えています。

「卒業後はNOSAI(農業共済組合)、あるいは大動物診療を専門とする動物病院に就職して診療や繁殖の経験を積み、いずれは祖父の牧場で生産者になりたいです。祖父も楽しみに待ってくれています」

獣医師国家試験の合格率は、新卒の場合、例年90%を超えますが、2023年は新卒者の合格率は81.1%まで下がり、麻布大学は83.7%でした。麻布大学獣医学部獣医学科長の田原口智士教授は、こう話します。

「コロナ禍で実習が減ったり、オンライン授業になったりした影響があるかもしれません。本学では、卒論提出後、国家試験に対応した授業を2カ月間みっちり行い、合格に向けてサポートしています」

ペット以外の動物の獣医師が不足

獣医師というと、動物病院に勤務し、犬猫などのペットを診療するというイメージを持つ人が多いでしょう。麻布大学の卒業生で動物病院に就職したのは62%(過去5年間)。続いて公務員が11%、NOSAIが10%です。公務員は農林水産省や環境省などの国家公務員や、家畜保健衛生所や食肉衛生検査所などの地方公務員として働いています。田原口教授は「獣医師部 について正しく理解されていない面がある」として、次のように話します。

獣医師の管轄は農林水産省です。つまり食の安全や安定供給を担うことが、獣医師の 役割なのです。例えば、スーパーなどに 並ぶお肉を安心・安全に食べられるのは、食肉衛生検査所に所属する獣医師が検査をしているからです。 獣医学は、ペットだけに止まらず、家畜やその他の動物に関わる医療や疾病の治療、予防ならびに管理を扱っています。」

麻布大学獣医学部の田原口智士教授(写真=麻布大学提供)

ペットの獣医師を目指す学生が多い一方で、牛、馬、豚や鶏など産業動物の獣医師は不足傾向にあります。この対策の一つとして、一定期間、産業動物獣医師として勤務することを条件に、修学資金を給付する制度などもあります。

「ペットの獣医師になることを目指して入学した学生でも、さまざまな分野に触れるうちに産業動物や食品衛生に興味が出て、公務員になる場合もあります。5年次になると進路に悩む学生が多いのですが、本学は各分野の現場を経験してきた教員がそろっているので、学生のさまざまな相談に乗っています」(田原口教授)

麻布大学は大動物、小動物とも同程度に学べますが、一般的に都市部にある大学は小動物に強く、地方にある大学は大動物に強い傾向があり、進路にもその傾向が反映されます。ただし、複数の大学が教育資源を共有しあう「共同獣医学課程」という仕組みがあります。例えば産業動物獣医療が特色の岩手大学は、小動物の高度な医療が特色の東京農工大学と連携し、獣医学をバランスよく学べるようになっています。

幅広い分野で求められる獣医師の仕事。動物や人の健康を守るという専門性を武器に、6年間を通して自分に最適な進路を見つけていくことが重要です。

>>【連載】現役大学生による 学部・学科紹介

(文=中寺暁子)

1pxの透明画像

記事のご感想

記事を気に入った方は
「いいね!」をお願いします

今後の記事の品質アップのため、人気のテーマを集計しています。

関連記事

注目コンテンツ

キャンパスライフ

大学のいま

NEWS

  翻译: