■【特集:文系、理系…どっち?「文理選択」を考える】インタビュー(前編)
日本では高校の早い段階で、文系、理系にクラスが分かれて進路を決めるのが一般的です。一方、テクノロジーが生活のあらゆる部分に影響を与える時代になり、文理融合教育が求められています。いま、日本の教育の大きな課題の一つは、大学の理系分野に進学する女性が少ないことです。それはなぜなのか、親はどう考えればいいのか、東京藝術大学准教授でアーティストのスプツニ子!さんに聞きました。(写真=本人提供)
理系に進む女性が少ないのはなぜなのか
――日本で理系に進む女性が少ない理由をどのように考えていますか。
私がイギリスのロンドン大学インペリアル・カレッジで数学とコンピューター・サイエンスを勉強していた2003年当時は、イギリスでも理系や工学に進む女性は少なかったです。数学科は半々だったのですが、コンピューター・サイエンスのクラス100人のうち、女性は9人だけでした。ただ、現在はイギリスでもアメリカでも状況はかなり改善され、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で理工系分野に進学する女性の割合が一番低いのは日本です。
OECD加盟国の高等教育機関の入学者に占める女性割合
(出典)OECD Education at a Glance 2021 TableB4.3. Distribution of new entrants into tertiary education by field of study (2019)より内閣府において作成
要因の一つは、女性は理系に向いていないという思い込みが日本社会に根強くあることです。これは完全に時代錯誤な考え方なのですが、中高の先生や親がそうアドバイスしてしまっていることが、まだあるようなんですね。60年前、私の母親がイギリスの大学の数学科に進もうとしたとき、当時の先生に「女性は数学に向かないからやめた方がいい」と言われましたが、祖父が「そんな先生の言うことは聞かなくていい」と母の背中を押してくれました。結局、彼女は数学科を首席で卒業し、その思い込みが正しくないことを証明しました。
――他にはどんな要因が考えられますか。
メディアも大きな影響を与えています。欧米ではジェンダーバランスを考慮したテレビ番組やコンテンツが増えています。しかし、日本では科学者、研究者、エンジニアは男性として描かれることが多いですし、子ども向けの科学番組にも男性の先生が出てきて、女性はアシスタントのような役回りをよく目にします。子どもの頃からそういうものを目にしていると、科学の分野に女性の居場所はないのかなと自然に思いがちです。
最近は減っていると思いますが、おもちゃ売り場が女の子用と男の子用に分かれていることがありますね。私は子どもの頃、ロボットや電車のおもちゃが好きで、それらが男の子用に分類されることに違和感を持っていました。しかし、多くの子どもは女の子用、男の子用という社会のメッセージをそのまま受け取ってしまいます。過去のジェンダールールが染みついたおもちゃも、かなり関係があると思っています。
――「女の子が理系なんて」と反対する親を持つ場合、理系に進みたい子どもはどのように親を説得したらいいと思いますか。
ダイバーシティーの推進は日本でも社会全体の課題になっていて、今、大企業は理系の女性を積極的に採用しようとしています。ただ、理系女性の母数が少ないので、彼女たちは企業の間で争奪戦になっていて、就職にはかなり有利です。それはアメリカでも同じです。そしてエンジニアになるとリモートワークがしやすいし、スキルベースのキャリアなので出産などで仕事を離れてもすぐに復帰しやすく、キャリア設計がフレキシブルにできます。それに給与水準もかなり高いことが多いですね。
今の時代、結婚すれば安泰という専業主婦モデルは全く立ち行かなくなり、共働きが前提という家庭が大半です。それに日本は、離婚したシングルマザーの貧困率が先進国の中で約50%と最も高く、自立してキャリアを積んでいかないと女性のリスクが非常に大きくなります。アメリカには大活躍している理系の女性がたくさんいます。何より、これからどんどん盛り上がっていくエキサイティングな分野ですから、自信を持って自分のやりたい分野に進んでほしいと思います。
スプツニ子!さんがAIで生成したプロフィール写真(本人提供)
「女子枠」は歓迎しているというメッセージ
――最近は東京工業大学のように、入試で女子枠を設ける大学も出てきました。
枠をつくらなくても自然にバランスが取れているのが理想ですが、マイノリティーに枠を割り当てるクオータ制のような手法は、理想に近づくための重要なステップだと考えています。自分たちは歓迎されている、マイノリティーを迎え入れる素地を整えているというメッセージを出すことも非常に重要です。最近は「ダイバーシティー(多様性)&インクルージョン(包括性)」という言葉に「エクイティー(公平性)」が加わるようになりました。
日本人は全員平等という意識は高いのですが、公平性はそれとまた違った意味を持ちます。社会には女性や特定の人種の人などのマイノリティーにとって活躍しづらい「構造の偏り」が存在しています。多数派はなかなか気づきません。もともと構造が偏っているところで「平等」にしても、公平な結果は生まれない。社会構造自体にメスを入れるためにクオータ制などが必要になってくるわけです。
――大きすぎる偏りを是正することが重要ですね。
はい。例えば、クオータ制で管理職に女性が増えれば、女性の意見が反映され、男性の管理職では気づけなかった働き方や評価制度の問題点が改善され、多様な人が働きやすい組織になる可能性が高まります。
私が教えている東京藝術大学美術学部デザイン科では、着任当時、教授会が夜7時過ぎまで開かれていて、子どもの保育園のお迎えと完全にかぶっていました。私が初めての女性教授で、他の9人の男性教授はそのことに気がついていませんでした。これが「多数派にはなかなか見えない構造の偏り」です。ちなみに彼らを擁護するために言うと、皆、本当に良い先生で、悪意は全くなく、私が「この時間は働きづらい」と言うとすぐに会議の時間を変更してくれました。
ただ、こうしたちょっとした「見えない構造の偏り」がまだまだ無数にあるのが今の社会です。その構造のデザインを一番変えられるのが管理職で、管理職に多様な視点が入ると偏りがより早く是正されていきます。意外とシンプルなことの積み重ねで、より多様な人が活躍しやすい環境をつくれます。
ジェンダーの偏りは悪意がなくても、生きづらい
――仕事や研究の内容にもジェンダーギャップは関係してくるのでしょうか。
ジェンダーや人種に偏りがあると、テクノロジーやサイエンスの課題解決の優先順位がかなり変わってきます。女性や人種的マイノリティーの課題はどうしても後回しにされやすいのです。それは先ほどの例と同じで、悪意があるわけじゃなく、課題が見えづらいからです。偏ったままにしておくと、テクノロジーやサイエンスが生み出す未来が、またその人たちにとって生きづらいものになってしまいます。
アメリカのスタンフォード大学は「ジェンダード・イノベーション」という研究室を立ち上げました。テクノロジーやサイエンスの世界に偏りがあったために、女性に関する研究が遅れ、ゆがみが出ているからです。例えば、薬の治験の多くを男性にしかしていなかったために、女性の副作用が男性の2倍近くになるとか、自動車事故の衝突のテストに男性の人形を使っていたので、女性は男性と比べて約1.5倍も事故の重傷率が高いという例もあります。女性に意地悪しようと思っているわけではないのですが、男性をモデルとしてさまざまな研究開発が行われた結果、こういうことが社会の隅々にあるわけです。
――女性の研究者が増えていくと、今まで気がついていなかった課題を明らかにして、解決する力が広がっていくかもしれませんね。
まさにその通りです。まだ誰も気がついていない課題を発見して解決することで、イノベーションは生まれます。課題を発見するのは意外と難しくて、多様な視点があればあるほどさまざまな課題を見つけられます。私はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の採用チームに関わったことがありますが、そこでも、「多様な視点がほしいから、多様な人材を採用しなくてはいけない」というコンセンサスがありました。それまで白人男性の研究者に偏っているという反省があったのです。
――女性に限らず、高校生が進路を選ぶときに、何を重視したらいいと思いますか。
私自身は数学が得意でコンピューターが大好きだからという理由で数学科と情報工学科のダブル専攻を選びました。進路を選ぶときは、本当に好きで、素直に楽しいという気持ちを大事にすることをお勧めします。みんながやらない分野だからとか、親が反対するからとその分野を諦めてしまってはもったいない。自分の人生に向き合うのは自分自身です。自分で選んだ道なら、うまくいってもいかなくても納得できると思います。
後編:「文系と理系を『掛け合わせる力』が大事 スプツニ子!さんが考えるAIの行方」に続く
スプツニ子!/アーティスト。株式会社Cradle代表取締役社長。東京都生まれ。06年ロンドン大学インペリアル・カレッジの数学科と情報工学科を卒業。08年英国王立芸術学院入学、卒業制作で「生理マシーン、タカシの場合。」などを制作。マサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボ助教、東京大学大学院特任准教授を経て、現在、東京藝術大学美術学部デザイン科准教授。17年世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー」選出。第11回「ロレアル‐ユネスコ女性科学者 日本特別賞」など、受賞多数。
(構成=仲宇佐ゆり)

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