加速するインタラクティビティー ミラノ・デザインウィーク2025

世界屈指のデザイン関連イベント「ミラノ・デザインウィーク」が2025年4月に開催された。とくに市内が舞台の「フォーリサローネ」は、主催団体の公式ガイドブックに掲載されただけでも1066もの出展を記録。連日多くのデザイン・ファンで賑(にぎ)わった。期間中に見た新たな潮流は?
名門劇場の舞台で
フォーリサローネ(Fuorisalone)とは「展示会の外」の意味である。国際家具見本市に合わせて、さまざまな分野の企業や団体が自社のデザイン概念やそれに基づいた新製品を披露する。

ミラノ公文書館の中庭に茶色いパビリオンを設営したのは、イタリアのコーヒー企業「ラヴァッツァ(LAVAZZA)」である。彼らが公開したのは、新方式のエスプレッソ・コーヒーシステム「タブリ」だ。コーヒーパウダーそのものを固めて丸い板タタブレット)にしているため、従来のようなアルミやプラスチックのカプセルを要さない。したがって環境負荷が極めて低いのが特徴だ。5年にわたる開発期間と15件以上の特許をともなった末の公開だ。

タブリ専用エスプレッソ・マシンのデザインを担当したフロリアン・ザイドル氏が強調するのは、コーヒーのタブレットを挿入する上部の蓋(ふた)だ。各種操作スイッチを包括するとともに、前後にスライドする仕組みだ。そのうえで形状は「ユーザーにコーヒー豆を想起させるものにしました」と解説する。
「それこそ、今回の開発で最も難しい部分でした」と振り返るエンジニアリング部門のトップ、マルコ・サルディ氏との二人三脚で実現した。引き続き最終テストを続け、近い将来市場に投入する。会場にはテイスティングを楽しみにする人の長い列が連日できていた。


いっぽう、イタリアを代表する家具ブランドのひとつ「カッシーナ」は、ジョルジョ・ガーベル劇場を使った。改築前の1832年にはドニゼッティの歌劇『愛の妙薬』の初演が行われた名所である。
彼らが企画したのは、建築家ル・コルビュジエ、彼の従弟(いとこ)ピエール・ジャンヌレ、そしてシャルロット・ペリアンによる家具コレクションの復刻60年記念だった。

テーマは「近代性の演出(Staging Modernity)」で、デザイン集団「フォルマファンタズマ」による舞台・客席双方を用いた大胆なインスタレーションに加え、2時間ごとにプロ俳優たちによる1時間近いパフォーマンスが展開された。監督はアレーナ・ディ・ヴェローナでも活躍するファビオ・ケルスティッチが務めた。
ステージには家具とともに、動物たち(の模型)が置かれ、機械化・文明化に代表される近代主義と野生との二項対立を暗示。人間的なものと自然の境界線を定めることが困難になっている今日を暗示した。それによって、劇的な変化を遂げる社会のなかでも、人間中心主義の家具づくりを貫いた前述の3人の建築家のオマージュとした。パフォーマンスは客席でも展開されるため、来場者の没入感はいやがうえにも高まる。
企画はフォーリサローネのコミュニケーション部門で選外佳作賞を受賞した。

日本発「眠りの技術」と究極の「アップサイクル」
日本から参加した企業にも目を向けてみよう。高級車ブランド「レクサス」は、フォーリサローネを象徴するエリアであるトルトーナ地区を今回も選び、総勢5組のアーティストとともに共創した。

2025年のテーマは次世代モデルに搭載予定のコックピット操作デバイス「ブラックバタフライ」だ。インスタレーションのひとつ「Discover Together」では、米国ノースイースタン大学、東京のプロジェクトデザイン・スタジオ「バスキュール」、そしてレクサスの社内デザイナーが、ブラックバタフライの双方向性を駆使した作品をそれぞれ展示した。

実はレクサスの初出展は2005年。レクサス・ブランドを擁するトヨタ自動車のサイモン・ハンフリーズ取締役・執行役員は「20年前、このような形でデザインウィークに参加した自動車メーカーは存在しなかった」と先見の明を強調する。同時に「常にアーティストとともに共創してきた」とその出展意義を筆者に語った。

トルトーナ地区と並ぶデザイン街区であるブレラ地区に足を向けてみる。普段はオークションハウスの入り口であるパレルモ通りの館の地下を訪ねてみる。直前に通過した中庭と対照的に薄暗い空間だ。そこは、東京・日本橋を本拠とする「コネル」のブースだった。
驚いたことに、足元に人が寝ていた。彼らが展示していたのは、“眠りを持ち運べる服”だったのだ。

「ズズズン・スリープ・アパレル・システム」と名付けられたそれは、心拍数やストレス値などのデータを取得。頭部に内蔵されたヘッドホンから入眠しやすい周波数帯域の音楽が作動、照明も連動する。日本古来の防寒着「夜着」から着想を得た外見の心地よさも奏功しているのだろう、試着の申し込みが相次いでいた。

同じブレラ地区では、産業技術開発からデザインまで手がける「マグナレクタ」も出展していた。
こちらは自社ブランド「130(ワンサーティ)」の家具展示である。ライトアップされたプロダクトの幻想的な雰囲気に魅了されたのだろう。筆者に「座ったところの記念写真を撮って」とスマートフォンを差し出すビジターが何人もいた。日本でいうところの映え効果大である。

しかし、その背景にある技術は極めて高く、真面目である。同社でCTO(チーフ・テクニカルオフィサー)を務める加藤大直氏の解説によると、従来の平面を積み重ねる3Dプリント技術を脱し、棒状フレームを立体的に構築する技術を開発。独自の格子構造は軽量化に貢献するとともに、必要な箇所に強度をもたせることができる。
すべてが単一素材でできているため、不要の際には砕くことでアップサイクルが可能だ。さまざまな素材を用いているためリサイクルが難しい従来型オフィスチェアとは異なる点だ。部分的に欠損した場合も、付け足しが容易である。加藤氏は「我々が回収し、粉砕し、再素材化まで行うことで世界最小レベルのプロダクト・ライフサイクルを実現しています」と胸を張る。

タブーに挑んだアレッシィ
従来フォーリサローネであまり触れられることがなかったばかりか、ある種タブーとして扱われてきた「死」と向きあったのは、イタリアの家庭用品メーカー「アレッシィ(ALESSI)」である。「人生最後の壺(The Last Pot)」をテーマに、著名デザイナー・建築家10名に骨壺(つぼ)のデザインを委嘱した。


今日、イタリアでも従来の土葬にかわって火葬を選ぶ家族が増加し、2023年にその比率は38%を超えた(データ出典:funerali.org)。とくに北部では設備の普及とともに選択する人が増えている。会場は、委嘱アーティストのひとりでもある建築家ミケーレ・デ・ルッキがインテリア計画を担当した地域図書館だった。そこに並ぶ荘重な装丁の書物、スタッフによってライブで読まれる詩は、訪れる者に生から死に向かう時間を考えさせるのに十分な演出だ。The Last Potは、神聖な世界と日常の微妙な境界線を探求し、記憶、空間、時間についての概念を再定義するプロジェクトであるとアレッシィは説明する。


20年前、筆者がフォーリサローネの取材を始めた頃、このイベントの多くは、まだ新作家具や文房具の展示が主流であった。いっぽう今日、よりインタラクティブ性と体験性が強まっている。さらには人生の終わりとも向き合い始めた。時代とともに変化するからこそ、このイベントは多くの人々を引きつけているのである。

文:大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA
写真:Akio Lorenzo OYA/大矢麻里 Mari OYA/LAVAZZA/ALESSI
