「ザリガニをしばらく見る」の新鮮な音楽体験。自由な作詞について考えさせられる

音楽バラエティー番組『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載ではいしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の6本。
1 “ザリガニをしばらく見る”(Mei Semones『Zarigani』作詞:Mei Semones)
2 “ロイヤルストレートフラッシュ” (横田真子)
3 “非喫煙者”
4 “おばあちゃん仮説”
5 “帰るのが早い人は、たぶん無添加が好き”
6 “ありがとうございます”(ブラックマヨネーズ 小杉竜一)
歌詞から感じる自由

Mei Semones(メイ・シモネス)の音楽が格好いい。彼女はアメリカ出身で、日本人の母を持ち、4歳でピアノを始め、11歳でギターに転向。バークリー音楽大学でジャズギターを学び、日本語の幼稚園の先生として働きながら音楽活動をしていた経歴を持つ。ボサノバテイストの音楽性でありながらジャズっぽさもあり、歌詞は英語と日本語で書かれている。その言語感覚が面白い。新曲『ZARIGANI』は「Down by the water ザリガニをしばらく見る」という一節で始まる。彼女の軽やかで洒落(しゃれ)た歌唱で歌われると、コミカルさよりも挑戦的とも実験的ともとれる不思議な格好よさが醸し出されて素敵だ。自由ってこういうことなんだよなあと改めて考えさせられる。
私たちJポップに親しんできた人間は、どうしても歌詞を書こうとすると、いわゆる歌詞っぽい言葉で歌詞を書いてしまうものである。僕、君、愛、夢、星、空、涙、笑顔、今日、明日、さよなら、自分らしさ……そんな感じのありがちな言葉を何げなく使ってしまいがちだ。この世にはもっともっと無数の言葉で溢(あふ)れているのに。彼女の「ザリガニをしばらく見る」というフレーズは言葉として何もおかしなところはない。なのに日本の環境で育った私たちは、いざ歌詞を書こうとした時には誰もこのような言葉は思いつかないのである。
Jポップに親しんで来なかった人の書く日本語の歌詞には、いつもハッとさせられる新鮮さと未知の音楽体験がある。ふとした瞬間に「ザリガニを〜 しばらく見る〜」と何げなく口ずさんでいる自分がいる。 それだけで楽しい気分になるのは、歌うたびに彼女の“自由”に触れるからに違いない。
キラキラに満ちた褒め言葉

4月8日放送の日本テレビ『踊る!さんま御殿!!』でのこと。プロゴルファーの横田真一さんとタレントの穴井夕子さんを両親に持つ俳優の横田真子さんが「私の父と母は、生粋の親バカなんで、私のことを完璧少女だと思っていて、母は私のことを“ロイヤルストレートフラッシュ”って呼んでるんです」と話していた。
ロイヤルストレートフラッシュ。文字の並び、音の響き、すべてがキラキラ感に満ちていて、もしかしたらこれ以上の褒め言葉はないのかも知れないと思った。今までその言葉をあまり気にしたことがなかったけど、改めて考えてみると「ロイヤル」「ストレート」「フラッシュ」の単純かつカッコいい言葉の三連打は、ものすごい破壊力である。どこか、幼稚園児が「わんだふる・ぐれーと・すぺしゃる・みらくる・ぱ〜んち!」とか何とか言いながら攻撃するヒーローごっこの感じと近い響きがある。
私もこれからは機嫌のいい朝は息子たちに「グッドモーニング、マイ・ロイヤル・ストレート・フラッシュ」とあいさつしようと思う。それだけで最高に楽しい一日が始まりそうである。
なぜもっと短くて簡単な言葉が生まれない?

「非喫煙者」という言葉が最近気になっている。プロフィル的にいわゆる“タバコを吸わない人”を表現する時に、喫煙者ありきでしか表現できないこと自体にもモヤモヤとした違和感を覚える。それに加えて「非喫煙者」という言葉は語感が堅すぎる気がする上に、言葉が意味している情報量に対して文字数も釣り合わないと言うか、口に出してみても手で書いてみても無駄に長すぎる気がするのである。どんな言葉も短くしたがる日本人が、なぜもっと短くて簡単な言葉を生み出さないのだろうと不思議に思うのである。
「木村拓哉」も「非喫煙者」も同じ6音節である。なぜ前者は「キムタク」となり、後者はそのままなのか。その違いはどこにあるのか。そのうち、「ひきつ」と略されたりするのかと思っていたが、世の中は一向にその気配がないようである。
例えば、“既婚者”に対して “未婚者”と言ったり“独身”と言ったりする。喫煙の有無においてもこの「独身」に代わる簡単な言葉があってもいいはずである。「無煙(むえん)」とか? いや、これも煙ありきなのでちょっと違和感がないこともない。いっそ「美肺(びはい)」とか? いや、何だか絶妙に気持ち悪い響きと字面である。思えば、似たような大人の嗜好(しこう)品、例えば飲酒習慣の有無については「非飲酒者」とは言わない。喫煙だけが独自のルールで突き進んでいる感じがする。誰かしっくりくる簡単な言葉を生み出してもらえないかしらと思うこの頃である。

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