空手道場で出会ったネパール人少女 戸建てマイホームでのブッフェ

インド、ネパール、バングラデシュ……、日本で出会うことが多いインド亜大陸出身の人たち。日本では普段、どんな食事をし、どんな暮らしをしているのでしょうか。インド食器・調理器具の輸入販売業を営む小林真樹さんが身近にある知られざる世界の食文化を紹介します。
道場仲間の僧侶 「グンドゥルック」で意気投合
「同じ空手道場に通っているネパール人の小学生の女の子がいるんです。彼女のお母さんからご自宅にお招きされたので、よければご一緒しませんか?」
そう声をかけてくれたのは和暎(わえい)さん。川越市にある曹洞宗の由緒正しい僧侶でありながら、根っからのカレー好きが高じ『寺に住むカレー妖怪』のアカウント名で自作カレーのイベントを企画したり、カレーに関する情報を発信したりする才気あふれる若い女性である。

最近ではインド亜大陸でポピュラーな豆のスープ「ダル」に日本の餅を入れた「ダル餅」なる料理を開発し、坂戸市のインド・ネパール料理店「アムリタ」を舞台に、盛んに啓蒙(けいもう)普及イベントを行っている。


そんな和暎さんは、僧侶や趣味のカレー活動のかたわら学生時代にはじめた空手の稽古も継続している。流派は松濤館(しょうとうかん)流で、れっきとした黒帯二段の腕前だ。いつも明るく朗らかな和暎さんだが、いつ何時彼女の逆鱗(げきりん)にふれて鉄拳が飛んでこないとも限らない。真の実力者とは、むやみに周囲を威圧するのではなく、柔和な表情をたたえながらいざという時、一撃必殺の力を秘めた人なのだ。

「空手道場で出会ったネパール人の女の子。そのお宅での家庭料理……」
その言葉は何か新しい物語を予見させるような、抗(あらが)いがたい魅力に満ちていた。
「ぜひ案内してください!」
和暎さんの提案に、気がつくと一も二もなく即答している自分がいた。
空手を習うネパール人の女の子はアルシさんといい、地元川越の小学校に通う6年生である。
「もともとは護身用にと思って通わせていたんです」
いつも付き添いで道場に来ているお母さんのレヌさんは言う。
年頃の娘を持つ親としては、いくら治安のよい日本とはいえやはり心配なのだろう。いざという時に備えて、という思いがあったのかもしれない。
普段通っている道場は、当然のことながらほぼ全員が日本人である。その中にポツンと肌の色の違う母娘が入って来たのだから当然目立つ。和暎さんもすぐに気が付いた。ただ最初のうちはどこの国の人かわからなかったという。
「インド人か、もしくは中東の方の人かなって最初は思いました」
ネパールは多民族国家である。インドの北側に位置し、人種もインド系の人たちと山岳地帯のモンゴロイド系の人たちとに大別される。そのうちレヌさん一家はバウンというインド系のコミュニティー/カーストに属する。ルーツを同じくするので外見だけではインド人なのかネパール人なのかはわからない。
母娘がネパール人だとわかると和暎さんはにわかに興奮した。その少し前、実際にネパールを初めて訪問したばかりだったからだ。
「そこで食べたダルバート(ネパールで日常的に食べられる、白米と豆汁の定食)のおいしさや、大好きになったグンドゥルックのことを話したら彼女たちの顔色が変わって(笑)『Oh、グンドゥルック!』って」
グンドゥルックとは青菜を日干しして発酵させた、ネパールの家庭料理には欠かせないアイテムである。

そこからの展開は早かった。そんなにネパール料理に興味があるのなら、とご自宅に招待されたのだ。客人を自宅に招き入れてもてなすのはインド亜大陸に古くからある良き習わしだ。そこで律義な和暎さんは、隣のインド亜大陸ごはんのご相伴にあずかることを生きがいにしている私にも声をかけてくれたというわけなのである。
