東京の台所2
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東京に飽きかけていた彼女の初ひとり暮らし〈317〉

〈住人プロフィール〉
24歳(会社員・女性)
賃貸マンション・1K・京王線 上北沢駅・杉並区
入居1年・築年数約30年・ひとり暮らし

 練馬区で生まれ育ち、社会人1年目の半ば過ぎまでは実家で暮らした。料理の腕は「家の中で最下位」と自嘲する。ふたりきょうだいの妹は、きちんと計量するタイプで、「お菓子も正確な分量で、ピタッとした味になるんです」。
 家事は全般に苦手で、とりわけ食材の買い出しが「いちばん面倒に感じる」。できれば居心地のいい実家暮らしをしていたかったが、父に自立を促され、ようやく人生初のひとり暮らしを去年から始めた。

 いざ始めてみると、目に映るもののすべてがガラリと変わった。

 たとえば朝。ゴミ出しに行くと、通学途中の高校生たちが通りすがる。通勤で駅に向かえば、保育園の子どもたちが散歩をしている。公園では親子連れが遊んでいる。家々の軒先には季節の草花が植えられ、あれはなんだろうと、スマホで植物を検索することもある。
 「それまで見えていなかった風景が目に飛び込む。私は大学が都心で、生活感のない町だったこともあり、歩くだけで季節を感じられる生活が新鮮でした」

 じつは学生時代は、地方都市に就職してもいいと考えていた。漫画編集というやりたい仕事に就こうとしたら、東京になってしまっただけだ。
 「大学で、初めて地方出身の子たちに接し、衝撃を受けました。通学に時間がかかること、古い価値観やしがらみに悩み、戦ってきたこと。皆、なにかしら抑圧のなかで、もがいた経験がある。漫画や映画、小説で見たことはあっても私は何も知りません。もっと実際に自分の肌で感じながら、考えたいという気持ちが強かったですね」

 東京に飽きていた、と彼女は当時の自分を俯瞰(ふかん)する。
 しかし、住む場所を変え、生活者の目線になると、自分がいかに東京を知らなかったかに気づくことの連続であった。

東京に飽きかけていた彼女の初ひとり暮らし〈317〉

月1ホームパーティーの効用

 スーパーでも、野菜や果物から季節を教えられる。それまでは、クリスマスやお花見といった“イベント”で季節を感じた。今は日々の暮らしのなかに、それがある。
 会社のある神保町のランチは最近、物価とともに高騰しているので、毎日弁当を持参している。外食が続くと、なんとなく肌の調子が乱れるという実感もある。10人の部署で弁当持参は、彼女ひとりだそう。
 「インバウンドで外は観光客も多いですし、昼食について考えなくてもよいので、お弁当の方が楽なんです」
 おかずのひとつに、お気に入りの冷凍ブロッコリーをそのまま弁当箱に詰め、会社でレンジ加熱して食べることも。負担にならないよう、「そんなたいしたものは作りません」。

 朝は、オーバーナイトオーツというひと晩ヨーグルトにひたしたオートミールに、はちみつ、ココアを加えて食べる。夜は、作り置きの野菜スープがメインディッシュだ。たっぷりの野菜に豆・きのこ・肉か魚を加える。物足りない時は、冷凍餃子を入れて水餃子風に。
 「片付けができず、しょっちゅう携帯を探しているようなありさまなので、大掃除も兼ねて月に1回、友達を呼んでパーティーをします。人が来るなら必然的に掃除をしますし、ふだんひとりでは楽しめない大皿料理にも挑戦できるので」

 先日は、高校時代の友達6人を招いて「お好みいなり」を作った。仕事で漫画の校正を担当していて、作品にしばしばおいしそうな家庭料理が登場する。それを見ていると、作りたくなってしまうのだとか。お好みいなりも漫画にあった。

 「甘辛く煮た油揚げに、酢飯を詰めておきます。あとは手巻き寿司(ずし)のように、自分でお好みのトッピングをのせて食べます。みんなでワイワイ言いながらトッピングから作って楽しかったですね」
 酢漬けのパプリカを刻んだもの、クリームチーズ、干しエビ、自家製佃(つくだ)煮、しば漬け、ひじき、クルミ、焼き色をつけた魚肉ソーセージ、ハム。漬物とクリームチーズなど、オリジナルの組み合わせが数多くでき、たいへん盛り上がったそうな。

 さて、家庭内最下位と自称する料理への意識は、変化があったろうか。
 「失敗しても、ひとりだからいい。気楽です。私は考えごとをするとどんどん脇道にそれ、頭のなかが散らかりがちなんですね。そんなときは考えるのをいったんやめて台所に立つ。刻んだり混ぜたりして集中していると、雑念が消え、頭のなかがスッキリ整理される気がします」

 料理という成果物が目の前にできると、「ひと仕事したな」という達成感がある。それが頭の整理にも役立っているのかもしれない。

 来月で社会人3年目になる。
 家事は不得手と自覚しているからこそ、快適に暮らすため様々な工夫を凝らす。それが、冷蔵庫の水切りヨーグルトとココアのケーキや、白菜の酢漬けの瓶からも伝わる。ひたむきという言葉が似合う台所だった。

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