何事にもこだわった母へ 最後のお別れに贈りたかった花

フラワーアーティストの東信さんが、読者のみなさまと大切な誰かの「物語」を花束で表現する連載です。あなたの「物語」も、世界でひとつだけの花束にしませんか? エピソードのご応募はこちら。
〈依頼人プロフィール〉
田川りえさん 49歳
会社員
奈良県在住
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「カーネーションは嫌いやねん。薔薇(ばら)がいいわ」と常々言っていた母。そのため私は母の日に、カーネーションを贈った記憶がありません。小学生の私にとって薔薇の花は高価でした。花束どころか、たった1輪しか買えなかった赤い薔薇でしたが、母に贈るとうれしそうに飾ってくれました。
花のほかにも、何事にもこだわりが強かった母でした。お菓子はこのお店のフィナンシェ、リンゴジュースはこのメーカーのものなど、購入するものはひとつひとつ吟味して、こだわっていました。
そんな母がガンを患いました。ガンと闘いながらも高齢ということもあり、体力はどんどん失われていきました。とうとうひとりで出歩けなくなった時、そのこだわりの品を買うのは介護ヘルパーさんと私の役目になりました。
あるとき、花壇に見慣れない花が咲いていました。聞くと「花壇が寂しいからヘルパーさんに買ってきてもらってん。あまり見かけない色合いでかわいいやろ」とニコニコしていました。抗がん剤の副作用で体がだるく、寝ていることが多くなった母にとって、癒やしの存在となってくれた紫と黄色の小さなパンジーに、感謝しました。
母も私もひとりっ子。母も約20年前に祖母をガンで見送った経験がありました。
「もし私に何かあっても、りえがしてくれた判断なら、どんな結果になっても後悔しないからね。思うようにしていいよ」
ガンの告知を受けたとき、治療方針をどうするかなど、母の命に関わる選択を私がいずれすることになることを知った母が、私に言ってくれた言葉です。祖母の命を預かることになった、母のつらい思いを知りました。
2022年の11月、4年11カ月の闘病の後、母は亡くなりました。75歳でした。棺には大好きだったお花と、毎日のように食べていた芋けんぴ、お気に入りのメーカーのウイスキーを入れました。あたりはお花の香りと、ウイスキーの香りで満ちていました。参列した親族は「こんなウイスキーの香りがするお別れの儀式なんて初めて」と泣きながら笑っていました。湿っぽい別れは嫌だったであろう母にとって、最後に良い贈り物ができたと思っています。
ただひとつ残念だったのは、最後のお別れに大好きな薔薇の花を棺に入れてあげられなかったことです。告別式に薔薇の花を用意してもらう余裕がなかったのです。仏壇にお供えするのもいつも仏花ばかりなので、この機会に薔薇のアレンジメントを母に贈ってあげたいと考えています。

花束をつくった東さんのコメント
赤い薔薇がお好きだったというお母様。その薔薇の花のほかに、足元には赤系のドラセナを入れるなど、同じトーンの赤でまとめた華やかなアレンジに仕上げました。お母様がお庭で育てていたというミヤコワスレは残念ながら入手できなかったので、近い種類で雰囲気が似ているアスターというお花を使いました。
もともと仏花は長持ちすることが一番のポイント。私のなかでは、仏花にはこんなお花をお供えしなくてはいけないという決まりはありません。ときにはお母様の好きだったお花を供えるのも、天国のお母様を偲(しの)ぶいい方法だと思います。




文:福光恵
写真:椎木俊介
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。選んだ物語を元に東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
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