スリランカ 光の島の原石たち
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雨と土のにおいがする故郷のために リュックに未来を詰めて

写真家・石野明子さんが光の島・スリランカで見つけた、宝石のようにきらめく物語を、美しい写真と文章でつづる連載です。コロナ禍の影響でおよそ1年ぶりの掲載。12回目となる今回は、南部デニヤヤ村を拠点に、日本のNGO(非政府組織)のスタッフとして働く女性を訪ねます。名産の紅茶づくりに汗を流す農家を豊かにしたくて有機栽培の大切さを説いて回るものの、現実は一筋縄ではいきません。それでもしっかり前を見て進もう――。女性は希望を捨てていません。

茶葉の有機栽培を行う農家を視察して回るマドゥーシャ・ナーラーヤナさん(33)が背負うリュックは、事務所を出る時はファイルと水筒だけなのに、帰るころにはふくらみ、重くなっている。中身は、訪れた農家の畑で採れたみずみずしい野菜や果物、自家製のお菓子だ。

マドゥーシャはデニヤヤ村に生まれた。村はスリランカ南部の内陸部、水資源豊かなシンハラジャ自然保護区に隣接している。朝に立ち込める深い霧はデニヤヤの紅茶の風味をさらに深くする。

雨と土のにおいがする故郷のために リュックに未来を詰めて

私が初めてデニヤヤを訪れた翌朝、外に出ると濃い緑と雨を吸い込んだ土のにおいで全身が包まれた。茶葉は朝露にしっとり濡れ、霧の向こうから鳥のさえずりが聞こえてきた。

マドゥーシャの両親も農家で茶畑を保有し、野菜も育てている。繁忙期には、村全体でみんなが互いの畑を手伝っている。そんな彼女は8年前に、この地で茶葉の有機栽培を支援している日本のNGO「パルシック」の現地スタッフとして採用された。

当時、パルシックの面接には成人していても親同伴でくる志願者がほとんどだった。だが、マドゥーシャだけは1人で面接を受けにきた(スリランカでは仕事を辞める際に本人ではなく、親が電話してくることも多々ある!)。

雨と土のにおいがする故郷のために リュックに未来を詰めて

当初、マドゥーシャは事務のアシスタントとして入ったが、プロジェクトへの理解度、広い視野が現地の誰よりも抜きん出ていたことを職場で評価され、責任のある仕事を任されるようになった。現在、彼女の仕事は有機栽培へと転換する農家へのサポートや研修の調整、海外からの視察団のための通訳と多岐にわたる。プロジェクトを引っ張っていくうえで欠かせない1人だ。

農業は「汚い」から不人気。担い手不足が深刻

スリランカは、小さな島ながら起伏に富んだ地形で、乾季と雨季に訪れる2種類の季節風、ふりそそぐ太陽の光と豊富な雨量で多くの作物が育つ。スリランカの伝統医療アーユルヴェーダが発展したのも、この大地の恵みがあってこそだという。

しかし今、農業の担い手は少なく、食料自給率は下がるばかり。「汚い」「安定しない職業」というイメージが定着し、農家の人が役所に手続きに行くと、あからさまに順番を後回しにされたり、「なんだか臭い」「泥で床を汚さないで」と嫌味を言われたりすることもあるそうだ。これは最近のスリランカでは学歴至上主義が広がっており、高学歴を持つ者は農業には就かない、という偏見が人々の間にあることが理由になっているようだ。

雨と土のにおいがする故郷のために リュックに未来を詰めて

コロナ禍の前までは、スリランカの最大都市コロンボでは高層ビル群の建設が進み、スリランカ人同士でもシンハラ語ではなく英語で会話をするしゃれたレストランやカフェが続々とオープンしていた。

発展は国が借金を背負ってでも急ピッチで進められていた。しかし、その裏で、農業を支援する政策は形だけ。約束されていた肥料の配布や需給バランスに伴う価格調整が行われることはなかった。

マドゥーシャは話す。「農業だけでなく漁業でも同じことが起こっています。私たちの産業、食糧に携わる人たちを守ることはとても大事なことなのに、どこかの時点でスリランカは間違った方向に進んでしまったのかもしれません」。若い世代に人気の職業は会計士、弁護士、銀行員といった安定、高収入というイメージが強いものに集まっている。

マドゥーシャが所属するパルシックは、化学肥料を使わず、そして品質も良い付加価値のある紅茶作りをすることで、農家の収入と地位の向上を目指している。

同時に、自然を守る取り組みを進めている。以前、原因不明の病気がデニヤヤで発生したことがあった。検査設備の整った病院が地域にはなく、なかなか原因がわからなかった。やっとのことで都市の病院で検査を重ね、わかったことは、粗悪な化学肥料、殺虫剤に原因があるということだった。残念なことに、成分表示が不確かなものがスリランカでは出回っている。土地がダメージを受ければ、人間へのダメージも必然だ。

雨と土のにおいがする故郷のために リュックに未来を詰めて

「この土地は、スリランカ南部の重要な水源地帯にもなっています。有機栽培で守れるものがたくさんある」。自分の故郷へのマドゥーシャの想いは大きい。

「当初、有機栽培に賛同してくれる農家は数人でした。しかし、化学肥料などによる害を目の当たりにし、有機栽培へと踏み切ってくれる農家も増えました。でも… …」

NEXT PAGE思いがこもった野菜やお菓子。デニヤヤの温かさが救いに

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