日本の大学のあり方について抜本的な提言を行い、注目を集めている慶應義塾大学の伊藤公平塾長。文系の学部・修士5年間一貫教育を提言した前編に続いて、後編では大学入試のあり方や、大学の授業料を誰がどのように負担すべきかを語ります。(聞き手=朝日新聞「Thinkキャンパス」中村正史・総合監修者)
共通テストは12月が望ましい
——入試でいうと、最近は年内入試が広がっています。2025年度入試では、東洋大学が学校推薦型選抜に基礎学力テストを導入して議論を呼んでいます。一方で、今の共通テストを年内に前倒しすべきという意見がありますが、いかがですか。
入試については、共通テストを私立大学も利用しやすいように、現在の1月ではなく、12月に実施してもらいたいと考えています。基礎学力の最低限のチェックとして、国公立と私立が共通でやったほうがいいですよね。今後は生徒の数が減っていきますから、大学ごとに個別で行うと、高校生を早くから先取りしようとする大学が出てきます。大学生の採用と同じで歯止めがなくなり、日本全体の劣化を招くことになるでしょう。
——慶應義塾大学は共通テストを利用していませんが、そうなった場合には使うのですか。
それは検討していくことになると思います。
——共通テストをそのように位置づけるとしたら、試験問題の内容をもう少し易しくする必要がありますね。
基礎学力の最低限のチェックですが、分布も必要なので、満点は取りにくく、平均が60点程度になると理想かと思います。
個人負担は一定にすべき
——次に授業料の問題をお聞きします。国立大学の授業料の標準額は現在、年間53万5800円ですが、それを150万円にするべきと提言したのはなぜですか。
少子化が進む日本では、高等教育の質を上げて優れた人材を育てないと、国力が衰えてしまいます。そのために必要な費用として150万円の自己負担を提案しました。中教審(中央教育審議会)では言い損ねましたが、理系の学部はもっと高くするべきです。教育にかかっている金額が大きいのだから、ある程度は負担したほうがいいと思います。
国立大学では教育に年間1人当たり平均120万円から150万円をかけていると、国立大学協会の永田恭介会長(筑波大学学長)はインタビューで答えています。授業料の53万5800円との差額は税金で払っているわけです。日本では私立大学に通う学生が8割ですから、2割だけの国公立大学の学生の学費を税金でまかなっても全体の底上げはできません。国公立、私立にかかわらず、個人負担を一定にすることが必要です。
人口が減少すると、約800校ある大学の中には退場していくところも出てきます。国立大学の授業料が安すぎると、健全な競争ができないということもあります。
——国立大学と私立大学では、学生1人当たりの国の助成額が大きく違うのが現状です。
先日、スタンフォード大学のジョン・ヘネシー元学長が来日された際、慶應義塾大学の学費は1万ドルだと言ったら、「どうやってこの建物を建てたんだ」「どうやってこのテーブルを買ったんだ」と驚いていました。文系学部のある学生は、夏休みにアメリカの大学に短期留学したら、1人の教員に対して学生が12人しかいなくて、徹底的に鍛えられたという話をしてくれました。「どうして慶應ではそういうことをやってくれないんですか」と言うので、アメリカでかかった費用を尋ねると、授業料が1カ月半で200万〜250万円だったそうです。それだけの授業料を払ってくれるなら、我々にも同じことができるんですよ。でもアメリカは高すぎる。なので日本はせめて150万円ほどでまずはがんばろうということです。
プッシュ型の助成制度を確立する
——大学の授業料を誰がどう負担すべきか、というのは社会の大きなテーマです。
家族や世帯、学生本人、社会の3つのうち、どこが払うべきなのか。3つを完全に切り分けることはできないので、どういうバランスで負担するかを国民がきちんと議論する必要があります。
私は、国がマイナンバーを利用したプッシュ型の助成制度を確立するべきだと考えています。マイナンバー制度は、本来は弱者を助けるための制度です。授業料は世帯が払うべきだということなら、世帯収入に応じて、「あなたのお子さんが大学に進学する場合は毎年30万円を4年間支給します」というように、申請しなくても国のほうから通知するのです。どこの大学に行くかは自由です。申請手続きが大きな負担になるので、申請ベースではなくプッシュ型で支援が来るべきです。そうすれば収入の低い世帯も大学に進学できます。
学生本人が授業料を負担するなら、お金を借りて、それがマイナンバーカードで追跡されて、卒業後の収入に応じて返済していけばいい。収入が少なくて返済できない人の肩代わりは社会がするという考え方もあると思います。
——それは興味深い提案ですね。
国立大学は国策、公立大学は自分たちの自治体の目的に応じてプラス・アルファの補助をするのは当たり前です。ただ、国からの機関補助を個人補助に変えていくべきというのが私の考えです。大学にではなく個人に直接補助して、個人負担を一定にするということです。
たとえば、同じ県内の国公立と私立の大学が協定を結んで、授業の単位の互換をする場合でも、現状では国公立の学生が安い授業料で私立の授業を受けることになり、私立の持ち出しがどんどん増えてしまいます。個人負担を同額にして図書館などの施設も相互に使えるというなら公平です。
——授業料でいうと、東京大学が2025年度から、世帯年収900万円以下の地方出身学生の授業料を4分の1免除することを決めました。
慶應では奨学金で地方出身学生の支援をしています。来てもらいたい学生が、お金がなくて行けないということであればできる限りの支援をするのが当然です。ただ、視野を広げた時に、大学が地方に出ていくべきなのか、彼らに都市に来てもらうべきなのかは考えているところです。ただでさえ地方の人口が減っているのに、東京や大阪に学生を集めていいのか。集めたほうが効率的なのは確かですが、バランスが難しい。慶應は山形県鶴岡市にもキャンパスがあり、鶴岡市、山形県と組んで運営しています。どこの都市に大学を配備していくのかは国全体で考えるべきことでしょう。
>>【前編】慶應・伊藤公平塾長が「文系の学部・修士5年制」を提案 「個人の実力を上あげていかないと、日本は劣化する」
プロフィル
伊藤公平/1965年生まれ。慶應義塾大学理工学部計測工学科卒。カリフォルニア大学バークレー校博士課程修了(材料科学)。同校Ph.D取得。慶應義塾大学理工学部教授、同学部長、国際センター副所長などを経て、2021年から慶應義塾長(学校法人慶應義塾理事長・慶應義塾大学長)。専門は固体物理、量子コンピュータ、電子材料、ナノテクノロジー、半導体同位体工学。
(文=仲宇佐ゆり、写真=加藤夏子)

【写真】慶應・伊藤公平塾長が提案する大学入試、学費の問題 「マイナンバーを利用して、国が世帯収入に応じた支援を」
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