週末の過ごし方

世界的ワイナリーと日本の匠、
その伝統と革新のマリアージュ。

2025.04.23

世界的ワイナリーと日本の匠、<br>その伝統と革新のマリアージュ。
京都の建仁寺両足院にて行われたPFV賞の授賞式にて。堤淺吉漆店の面々を、各国から駆け付けたPFVメンバーが祝う。

プリマム・ファミリエ・ヴィニ(PFV)と聞いて、すぐにピンと来た方はなかなかのワイン通だ。1991年に設立されたこの組織は、世界をリードするワイン生産者12社からなる。メンバーは完全招待制で、いずれも独立した「家族経営」。急激なグローバル化を追うあまり過剰に肥大化し、クオリティーの探求はもちろん、真のワイン文化の継承と発展を忘れてしまったワイナリーに対するアンチテーゼを掲げ、素晴らしいワインを造ることに対する絶対的な献身を誓っている。

構成メンバーは、マルケージ・アンティノリ(トスカーナ)、バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド(ボルドー)、メゾン・ジョゼフ・ドゥルーアン(ブルゴーニュ)、ドメーヌ・クレランス・ディロン(ボルドー)、エゴン・ミュラー・シャルツホフ(モーゼル)、ファミーユ・ヒューゲル(アルザス)、ポル・ロジェ(シャンパーニュ)、ファミーユ・ペラン(ローヌ・ヴァレー)、シミントン・ファミリー・エステート(ポルトガル)、テヌータ・サン・グイド(トスカーナ)、ファミリア・トーレス(カタルーニャ)、テンポス・ヴェガ・シシリア(リベラ・デル・ドゥエロ)。いずれも、名門中の名門である。

12-PVF-Members-July2019-PHOTOCREDIT-MICHAEL-BOUDOT
PFVの面々。長い歴史と名声を生かし、ワイン業界の卓越性を世界中に広めるための活動に取り組む。

そんなPFVには、メンバー間だけの交流と発展にとどまらず、より広く社会に貢献するというミッションもある。その象徴が2021年に創設されたPFV賞。これはあらゆる業界において長く続く家族経営企業を称賛し支援することを目的とし、企業が豊かな伝統と職人技を守りながら、変化しつづけるグローバル環境のなかで革新を促進できるよう援助するもの。受賞企業には10万ユーロの賞金が提供される。

さて、栄えある2025PFV賞の受賞者は、日本の伝統工芸である漆の精製を専門とし、事業を継承してきた堤淺吉漆店。去る410日(木)に京都の建仁寺両足院にて行われた授賞式で、代表取締役社長の堤 卓也さんはこう語った。

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漆は日本において1万年以上の歴史を持つ伝統的な素材。樹液の特性を見極め、色、粘度、光沢、硬化速度を調整し丁寧に精製する。

「堤淺吉漆店は、祖祖父の淺吉が創業して116年目を迎えました。先代の口癖は『漆を一滴も無駄にするな』。その言葉には、素材への敬意と、暮らしを支える漆への感謝の心が込められていました。私たちは、その思いを大切に、漆を採る職人と、漆の使い手である職人のつなぎ手として、原料の調達から精製、調合、供給まで一貫して自社で行い安定供給に努めてきました。また、祖父や父から受け継いだ精製技術や知識を兄弟で共有しながら、漆の可能性を広げるために、紫外線や雨にも強い『光琳漆』を独自に開発し、文化財修復の現場でも活用され国産漆の大部分を精製させていただいています。

しかし、そんな漆も、大量生産・大量消費の社会のなかで年々姿を消しつつあります。私が生まれた頃には年間500トンあった漆の消費量は、いまではわずか23トン。この現実に向き合うなかで、『私たち漆屋にできることなんてあるのだろうか?』と、絶望に近い気持ちを抱いた時期もありました。けれど、山や海で過ごす時間が、私に自然への感謝を教えてくれました。そして、家族が受け継いできた漆の仕事が、人と自然をつなぐ営みそのものであると気づいたのです」

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堤淺吉漆店の面々。堤 卓也さん(左から2人目)の息子(前列)の夢は「漆職人、彫刻家、そして宇宙飛行士」だ。

現在、堤淺吉漆店が世に送る製品は幅広い。もちろん、昔かたぎのいつまでも変わらないものもある。ただ、その枠に収まらないモダンな感性が光る逸品が多く、サーフボードやスケートボード、自転車といった「漆の可能性」をグッと広げたアイテムに不思議と目が向かう。

それらは堤さんが先人たちへのリスペクトを胸に、世界や未来としっかりと向き合ったことによって生まれたもの。これまでの若者たちには縁遠い存在の一因であった「漆=高級品」という既成概念を払拭し、漆がもっと「日常」に寄り添うものであるべきという堤さんの信念が息づき、それを啓発し具現化することに努めてきた結果だ。

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漆が持つ「水に強い」という特性は、実はサーフボードに適しているという。

「家業に戻った当初は、若い世代の姿が少なく、時間が止まったかのような静けさがありました。しかし今では、父や弟たちと培ってきた技術や思いに加え、新しい仲間たちが次々と加わり、それぞれの感性で漆と向き合い、挑戦してくれています。私たちがサーフボードを通して、人と自然、人と工芸をつなごうとしてきたように、これからはこの若い世代が、自分たちらしい方法で、美しい地球と漆の文化を次の世代へとつないでくれると信じています。

漆を精製する職人も、ショップで働くスタッフも、塗りの職人も、皆が同じ目標に向かいながら、力を合わせて、新たなモノづくりの輪を育んでいます。その一歩一歩は小さくとも、やがて大きな輪となり、人と自然、そして工芸をしっかりと未来へとつないでくれると信じています」

伝統はたゆまぬ革新の連続によって生まれ、ゆっくりと、そして確かに熟成していく。それはまるで、上質なワインのごとく――。

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授賞式後の祝賀パーティーは京都で100年以上続く老舗「本家 たん熊」本店で。振る舞われたワインはどれもマニア垂涎の逸品。

取材協力/プリマム・ファミリエ・ヴィニ
The PFV Prize | Primum Familiae Vini

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