60年共に歩いた「世界でいちばんの連れ合い」。母のいない誕生日を迎えた父へ

フラワーアーティストの東信さんが、読者のみなさまと大切な誰かの「物語」を花束で表現する連載です。あなたの「物語」も、世界でひとつだけの花束にしませんか? エピソードのご応募はこちら。
〈依頼人プロフィール〉
ヴィルトまりさん 60歳
自営業
イギリス在住
◇
今年の正月3日、イギリスに住む私の携帯がけたたましく鳴りました。
日本にいる両親の近くで暮らす妹からでした。日本は夜中の2時過ぎ。母が救急車で運ばれ、ICUに入ったという知らせでした。こんなことは初めてです。すぐにでも飛行機チケットを取って行かねばならないかもしれない。咄嗟(とっさ)に最悪の事態が頭をよぎりました。
幸い母の病状は落ち着き、まもなくICUから普通病棟へ移りました。母の入院後初めて、妹に連れられた父が母に面会したのは、そのときのことです。90歳を超えた父は長年連れ添った母のことを、どれだけ心配していたかわかりません。ようやく会えた母に、「お母さん、ありがとう。世界でいちばんの連れ合いを持って、本当に幸せだ」と涙ながらに語ったそうです。
それは昨年私が日本に帰ったとき、たまたま父と妹と3人になった車のなかで、父から聞かされていた言葉でした。父は自分が介護される身になって、献身的に世話をしてくれる母にこれまで以上に感謝の気持ちを抱くようになったそう。
「いろいろなことがあったけれど、こんなに年をとっても、変わらず接してくれる。世界でいちばんの連れ合いだよ」。そう私たちには語っていたものの、元気だった母には面と向かって言えなかった。そんな言葉が母に再会できた喜びで、いっきにあふれ出たのでしょう。
ずっと仲良く暮らしてきた両親。父の世代には珍しく、私達が小さい頃から家事なども自然に母を気遣って手伝う父の姿を見てきました。そして最近、60年以上前に結婚して以来、初めて父は自分の誕生日を、母不在で迎えたのです。
母はまだ入院中。父も90歳を過ぎて、毎年迎える誕生日は、年々大切な日になっているはずです。なのにずっと共に歩いてきた連れ合いのいない誕生日は、ぽっかり穴が空いたような気持ちだったでしょう。
そんな父を励ましたいと、筆をとりました。朗らかで、お茶目なところがある父。手を動かすことが大好きで、DIYはもちろんのこと、園芸、絵画、陶芸のほか、サッカーやスキーなどのスポーツも楽しんできました。
とはいえ数年前から身体も衰えてきて、趣味をすることができなくなりました。今は白内障にかかり、視力がかなり落ちています。そんな父にも喜んでもらえるような、数ヶ月遅れの誕生日用の花束を作っていただければ、とてもうれしいです。

花束をつくった東さんのコメント
お父様へ、感謝と励ましを込めたお誕生日に向けたアレンジメントです。視力が落ちてきたというお父様が、五感でお花を楽しんでもらえればと、とくに香りがいいお花を選んでまとめました。
そんな春の香りをそのまま包み込んだような、優しいパステルカラーで仕上げています。お父様、そしてお母様が支え合う、元の生活に再び戻れますように、私もお祈りしています。




文:福光恵
写真:椎木俊介
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。選んだ物語を元に東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
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